学校に司書が欲しい

学校に司書が欲しい

子育ておばさん(2016年3月23日)

 さまざまな読書グループとか、学校で「絵本の読み聞かせ活動」や「朝の読書活動」が展開されている。その年代に合わせて、「いい本を子どもたちに」の願いで行われていることは、子育てをする親として大変うれしいことだ。
 こんな話があった。ある方のお孫さんの話である。
 夏休みが終わって二週間ほどしたころ、2年生の祐輔君は、「おかあさん、遅いなぁ」と仕事をしている母親の帰宅を待ちわびるようになり、ついには「おかあさん、おかあさん」と泣くようになった。それは、だんだんエスカレートしていって、母親が台所で食事を作っていても、横で「おかあさん、おかあさん」と泣くようになった。
 一体、どうしたことなんだろう。家族みんなで祐輔君のことを心配して尋ねるが、首をふるだけ。日が経つにつれて「おかあさん、おかあさん」は「おかあさん、死んだらあかん」になってきた。
 明るい秋の日ざしが降り注ぐある日。おばあちゃんは、そっと聞いてみた。
「祐輔君。おかあさんの夢を見たの?」
「ううん」
「おかあさんが死んだ夢をみたの?」
「ちがう。おかあさんだけでなくて、いっぱい死んだの。おかあさんだけでなく、たくさんたくさん人が死んだん。原子爆弾で死んだの」
 祐輔君は、心の中に溜めていたことをあふれ出るように話し出した。それによると、朝の読書で『ヒロシマのエノキ』という本を読んだとのことだった。
『ヒロシマのエノキ』は長崎源之助作である。原爆をうけ、生きのこった一本のエノキ。そのエノキを守る子どもたちの姿を描く、平和の絵本。長い間、読み続けられている本だ。しかし、その悲劇性は、小学校低学年には、消化できない内容であったのだろう。怖さが先に立って、それが身近な人の死を想像し耐えられなくなったのだろう。
 朝の読書用に何気なく置かれた本。きっと、置く方としては大人の感覚で読んで欲しいと願って置かれたに違いない。選書の難しさを感じる話題だった。そして、年代別にどの本を与えたらいいのかと考える、学校司書の必要性を思った。たとえ、恐怖の本を与えたとしても、事後を見守るのは司書の仕事だろう。もちろん、教師もだが。
 祐輔君のその後。
 家族で話し合って、まずおかあさんの帰宅予定時刻をきちんと知らせる。そして帰り際になると「もうすぐ帰るからね」と電話で伝える試みをしていったという。ほどなく、祐輔君は泣かなくなったとのことだ。家族の支えがここにあった。