「スマホ断食」
2022年11月26日付の読売新聞夕刊の「いま風」欄に黒井千次氏が「電車スマホ『7分の1』の謎」と題して
電車の七人掛けの横に長いシートに座って前を見ると……なぜか七人のうち六人は機器を操作しているのに、一人だけ機器をいじっていない。……全員電子機器をいじっているケースにぶつかったことがなく、いつでも一人だけ他の六人と違う人がいる。
と自らの観察結果を書いている。
私も同じことを思っていたのでこの 90 歳の文化功労者でもある小説家の観察結果を面白く読んだ。ただ、私は車内の目の届く範囲でのスマートフォン操作人数の割合を計算し「8割強9割弱の人がこの新しく開発された電子機器をいじっているのだなあ、本を読んでいる人はほとんどいないなあ」と思っていたのだが、同じことを書いても、この老小説家の書き振りはさすがに上手く記憶に残る表現である。
黒井氏の七分の六、私の8割強の人の中には巷間いうところの「スマホ依存症」あるいはその予備軍がいるのかも分からない。ちょっとスマートフォンの利用に関する諸々について最近の状況を勉強しようと思い、当市の図書館のメールマガジンで紹介されていた「スマホ断食」(藤原智美、潮出版社)を借出した。
私自身はスマートフォンを使い出して未だ2年経っていない。そして利用時間は平均して日に 30 分を超えることはない。利用範囲はニュースの概要を知ったり日常の疑問点を解決したりするための検索がほとんどで、これに加えてときどきのラインによる連絡と写真撮影だけである。客観的に見て「スマホ依存症」にはほど遠い位置にいる。
もっともこの状態は「スマートフォンの使い方を知らない」ため「スマートフォンを使いこなしていない」結果であろう。またラインで連絡を取り合うような交友関係が少ないことも関係がありそうだ。
借り出した「スマホ断食」は書名から予想されるようないわゆるハウツウ本ではなく、スマートフォン利用に関する諸々の社会現象とその拠って立つところを非常に広範囲な情報をもとに書かれている社会科学の本だった。幾つかのハウツウも書かれていたが、少なくとも私は社会科学の本と思って読んだ。
引用されている事実や文献は極めて網羅的であり、読み捨てるにはもったいない一冊である。これだけの内容を新書版200頁強に纏められたのは元芥川賞選考委員の力量だと感じた。
これはこれで素晴らしい一冊だと思ったが、もう少し丁寧な分析を付し参考文献を網羅した大部の書籍にするか、論点を整理し結論だけを分かり易く述べるハウツウ本の方向に向かうかいずれかにした方がよいのでは、と生意気にも感じた。
副題には「コロナ禍のネットの功罪」とあるが、コロナ禍があぶり出したことは否定できないが、書かれている内容はネット自体に内在しているものだろう。
興味深く読み終えたが、印象に残ったあるいは気になった幾つかの言葉を記録した。
私も同じことを思っていたのでこの 90 歳の文化功労者でもある小説家の観察結果を面白く読んだ。ただ、私は車内の目の届く範囲でのスマートフォン操作人数の割合を計算し「8割強9割弱の人がこの新しく開発された電子機器をいじっているのだなあ、本を読んでいる人はほとんどいないなあ」と思っていたのだが、同じことを書いても、この老小説家の書き振りはさすがに上手く記憶に残る表現である。
黒井氏の七分の六、私の8割強の人の中には巷間いうところの「スマホ依存症」あるいはその予備軍がいるのかも分からない。ちょっとスマートフォンの利用に関する諸々について最近の状況を勉強しようと思い、当市の図書館のメールマガジンで紹介されていた「スマホ断食」(藤原智美、潮出版社)を借出した。
私自身はスマートフォンを使い出して未だ2年経っていない。そして利用時間は平均して日に 30 分を超えることはない。利用範囲はニュースの概要を知ったり日常の疑問点を解決したりするための検索がほとんどで、これに加えてときどきのラインによる連絡と写真撮影だけである。客観的に見て「スマホ依存症」にはほど遠い位置にいる。
もっともこの状態は「スマートフォンの使い方を知らない」ため「スマートフォンを使いこなしていない」結果であろう。またラインで連絡を取り合うような交友関係が少ないことも関係がありそうだ。
借り出した「スマホ断食」は書名から予想されるようないわゆるハウツウ本ではなく、スマートフォン利用に関する諸々の社会現象とその拠って立つところを非常に広範囲な情報をもとに書かれている社会科学の本だった。幾つかのハウツウも書かれていたが、少なくとも私は社会科学の本と思って読んだ。
引用されている事実や文献は極めて網羅的であり、読み捨てるにはもったいない一冊である。これだけの内容を新書版200頁強に纏められたのは元芥川賞選考委員の力量だと感じた。
これはこれで素晴らしい一冊だと思ったが、もう少し丁寧な分析を付し参考文献を網羅した大部の書籍にするか、論点を整理し結論だけを分かり易く述べるハウツウ本の方向に向かうかいずれかにした方がよいのでは、と生意気にも感じた。
副題には「コロナ禍のネットの功罪」とあるが、コロナ禍があぶり出したことは否定できないが、書かれている内容はネット自体に内在しているものだろう。
興味深く読み終えたが、印象に残ったあるいは気になった幾つかの言葉を記録した。
- 現代の私たちは一人だけの独立した時間を失いつつある。ちょっとぼんやりしよう。
- 私という存在が「リアルな私」から「(個人情報を纏めた)デジタルな私」へと入れ替わってゆく。
- 無神経で軽率な言葉であふれた世界。ネット上に存在する情報の多くには実名がない。
- 世代が若くなるほど、コピペも無断引用も悪くないばかりか、賢い情報活用であるという意識が強くなっている。(私は知的所有権を侵害するとんでもない考え、行為だと呆れているが)
- 若い世代になればなるほど、紙に記された言葉よりも、ネット上の言葉を信用してしまう。
- 紙の本が思考を鍛える。手書きが脳を活性化させる。(「そのとおり」と思いながらも、この文章はパソコンに入力している)
- 書き言葉がストック、ネット言葉がフロー。書き言葉が「私」の中に掘られた井戸に溜まっていくとすれば、ネット言葉は「皆」の間を川のように流れてゆく。三日もすれば忘れ去られる。(と言うものの知らないところで何時までも残るのでは?)