「青春の書」とお別れの言葉

「青春の書」とお別れの言葉

啓(2024年7月31日)

 二階の書斎の窓から自転車通学の高校生の一団が通り過ぎるのを眺めつつ、お別れのコラム、最後の文章について考えていた。そのとき、我が青春の書という言葉が脳裏に浮かんだ。
  10 代の後半から 20 代の前半にかけて私はどのような本を読んでいたのだろう。読書案内で推薦されているような本も広範囲に読んだはずだが、強く心に残らなかったのか、それほど多くは思い出さない。
 その時にそこに描かれている場面とともに明瞭に思い出したのは、鶴見祐輔の「子」(上・下)(角川文庫)と石原慎太郎の「青年の樹」(一・二)(角川書店)だった。前者では旧制第一高等学校生徒、後者では東京大学学生それぞれの群像の“友情と恋と悩みとスポーツ”を明るく生き生きとした筆致で描いている。古き良き時代の若者の青春を描いた本だった。
 恰好のいい人生論、哲学書や外国詩人の詩集をはっきりそれと思い出さなかったのはいささか残念であるが、思い出さないものは仕方がない。
「子」で記憶しているのは物語の中で話題になっていたアルフレッド・テニソンのイン・メモリアムの一節である。それは友情と恋愛についての会話の際に、話題になったテニソンとハラムの友情を歌った詩の一節だった。その一部は次のようなものだった。

 われ等二人歩みし路よ/心ゆく麗しの地よ/甘かりし四歳の思い/花より色、雪より雪に
 歌声に疲れを忘れ/楽しみに時をば満たし/卯月より、卯月に及び/皐月より皐月となりぬ
 交代り道しるべして/想像を分かちもあえず/思いをば語りもあえず/相知りし互いの胸よ
 見しものはなべて清けく/知りしものはなべて善かりし/春のといき、いともしずかに、めぐりしよ、若き血潮に

 原文を知りたく、研究社の英米文学叢書“IN MEMORIAM”を購入し、146頁に及ぶ長文の詩から該当する”The path by which we twain did go“で始まる部分を探し出したことも思い出した。
 後者の「青年の樹」ではラグビーの試合の描写である。

 次の瞬間、スタンドが別の歓声で湧いた。竜野に抜きさられ、もう精魂つきて見送った東大陣から、たった一人彼を追って出たバックスがいる。……気づいて逃げ込もうとする竜野をタッチへ追って、武馬はただ夢中で駆け戻った。‥‥‥ハーフラインからゴールへ、トラックに似た走り合いだ。‥‥‥競い合うタイミングは竜野がボールをかかえてゴールの隅へ飛び込むか、その瞬間、武馬がそれをつかまえるかだ。‥‥‥力走と言うよりは、弾丸のように二人は走った。‥‥‥ゴールが決まる直前、観衆は再度狂ったように湧いた。次の瞬間、その喧噪の中で、武馬の体が軌道を更に飛んで、文字通り弾丸となって頭から前へすっ飛んだのだ。弾は竜野の足元で炸裂した。‥‥‥ボールは遠くタッチの外へけし飛んだ。‥‥‥怒号の後、観客は狂ったよう、或いは酔ったように手を叩きつづけた。

 この描写を読んで、ルールもろくに知らないのに翌年の冬に大学ラグビーの試合を見に西京極競技場(当時はこのような名前だったと思うが、現在の京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場である)に行ったことを覚えている。試合はパントキックの応酬で面白いものではなかった。
 青春を思い出させるこれらの本は赤茶けていた。現時点で読み返しても寂しさを感じるだけだろうと、そのまま書庫に戻した。
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 以下は二度目のお別れの言葉です。
 還暦を迎える頃のある研究会での雑談の折、友人が「先輩から聞いた」と言って白楽天の次の詩を教えてくれました。

  老色 日に面に上り 歓情 日に心を去る
  今 既に昔に如かず 後 当に今に如かざるべし
  今なお未だ甚しくは衰えず 事毎に力任うべし
  花時なお出るづるを愛し 酒後なおよく吟ず
  ただ恐る かくの如きの興もまた日に随って消沈せんことを
  東城の春 老いんと欲す 勉強して一たび来尋す

 一読「今の私の気持を表しているような詩だなあ」と思い「原文は?」と聞いたところ「知らない」との答。古希が近づいた頃にこの読み下し文を思い出し、ちょっと苦労をしましたが、原文を探し出しました。
 それは「東城尋春」と題された「老色日上面 歓情日去心/今既不如昔 後當不如今/今猶未甚衰 毎事力可任/花時仍愛出 酒後尚能吟/但恐如此興 亦随日消沈/東城春欲老、勉強一来尋」でした。
 心優しい皆さんのお心に甘えて、楽しく「あの本 この本」についてお目汚しの雑多な文章を書き連ねました。
「今 既に昔に如かず 後 当に今に如かざるべし」となり、そろそろお暇の時が来たようです。と言いつつも、心の中では「今なお未だ甚しくは衰えず 事毎に力任うべし」と思っていますが、これは極めて主観的な見方でしょう。
 そして客観的に「ただ恐る かくの如きの興もまた日に随って消沈せんことを」も思わず、結果としていつまでも過去に縋り付き、老醜を曝し続けることになりかねません。
 これらの文言が含まれ、ある意味現在の私の心情にも合致していると勝手に思っている白楽天のこの詩「東城尋春」でお別れします。心の中では密かに「東城の春 老いんと欲す 勉強して一たび来尋す」と考えていますが、もう無理でしょう。長い間のお付き合いを感謝しつつこの場を去ります。
 私のつたない文章、いささか硬い表現に折々の写真を添えて優しさを演出いただき、また幾つかの文章構成に助言を下さったこのホームページの管理者である畏友の心配りには心から「有難かった」と思っています。
 そして、私の文章の全てに目を通してくれ、疑問のある記述、意味の不明確な表現、誤記などについて意見を言ってくれた妻には心の中で感謝しています。コードネームは妻の名前からとったものでそれ以上の意味はありません。
 最後になりましたが「図書館を考える大津市民の会」の益々の発展を心から願っていることをお伝えして、お別れの言葉といたします。
 ありがとうございました。そして、さようなら。