二人の名探偵 折口信夫と芥川龍之介

二人の名探偵…折口信夫(釈迢空)と芥川龍之介

KEI(2020年6月24日)

 入院生活の無聊を慰めるために、かつて読み面白かったことだけを記憶している井沢元彦氏の本2冊を再読した。猿丸幻視行(講談社)と義経幻殺録(講談社)である。
 前者は、民俗学者・国文学者・国語学者であり、釈迢空と号した詩人・歌人でもあった折口信夫(おりぐちしのぶ)が、明治後期の日本を舞台に、万葉仮名で記された猿丸額の文章といろは歌に隠された意味を解読していくと同時に柿本人麻呂と猿丸大夫についても一つの考え方を提示している小説である。彼は最後には殺人事件を解決するという名探偵の役もこなしている。
 読者サービスと私は受け取ったが、金田一京助、山中峰太郎、東条英機、南方熊楠など我われがよく知っている当時の有名人もチラッと登場する。著者が26歳のときの作品である。
 後者は、誰もがその名を知っている小説家・芥川龍之介が「義経清祖説」を示す中国の古い文献を巡る謎を解明する。「義経成吉思汗説」は知っていたが、義経が清朝の祖であるというこの小説中に述べられている説は知らなかった。
 江戸川乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎も活躍し、ロマノフ王朝の遺児アナスタシアや山形有朋、甘粕正彦さらには菊池寛・薄田泣菫も現れるという小説である。
 これら2冊は、先人の説に拠っていると思われる個所も多く見られたが、それらを再構成し、秘めたるロマンスを盛り込むなどの工夫をし推理小説に仕立て上げている。読んで楽しい著作であったが、30年以上昔の単行本であることから字体が小さいことには難渋した。
 これらの書物を読みながら、学生時代に友人から借り、読んだ英国の推理小説家・ジョセフィン・ティの「時の娘」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を思い出した。「英国史上最も悪名高い王・リチャード三世は本当に残虐非道を尽した悪人だったのか」という疑問を、私と同じように退屈な入院生活を送っているグラント警部が歴史書をひもとき、純粋に文献のみからリチャード王の素顔を推理するアームチェア・ディテクティブならぬベッド・ディテクティブである。
 英国王室や王系についての基本的な知識すら持ち合わせていなかった当時は、ただ文字面だけを追っているような読書だったことを思い出した。
 結論が正しいか否かは別にして、歴史を新しい目で見ることや歴史的な事実や資料を今までと異なった面から再検討することも面白い、と感じたことである。