「おはなしコロボックル」の会(1)
私は退職する前から、近くの図書館でお話会があればそこでボランティアをしたいなあと思っていました。ある日偶然図書館に入ると、児童書架の間でお話会をやっていました。絵本の読み聞かせと紙芝居でした。カウンターでその会の代表者を教えてもらい連絡しました。
例会日やお話会に当番制がある事も聞き、これなら私にもできるだろうと入会しました。が、実際やってみるとなかなか難しいことでした。子ども達が好む本と私が読む本とのギャップを感じたのです。でも、良い本は何度聴いても聞かせても良いという思いで絵本を選び続け、読み聞かせをしました。
しばらく続けている内に絵本の読み聞かせだけでなく、お話を語る(ストーリーテリング)ことができないかと思い始めました。以前、ある図書館見学の時に素晴らしいお話を語る会に遭遇し、その時の光景がいつまでも忘れられなかったからです。そのお話会は男性司書が『じごくのそうべえ』と、他2つのお話を語ったあとに、子ども達からお話のリクエストに応えていたのです。語り手と聞き手の一体感があり、私も思わず笑い声を発していました。それ以来、お話を語ることに興味を持つようになり仕事場でお話会を開催しました。お話を覚えて子ども達に語ることが絵本よりもお話をより共有できる楽しさがあると感じました。
子ども達の目を見ながらお話を語ると、同じお話の世界にいると実感できます。お話の語りでは、聞き手はそのお話を自分の頭の中で絵を描きながらそのお話を聞きます。お話は想像力をたくましく豊かにします。
が、この会では「お話を語る」ことはしないと決めているとの事でした。そこで、私は地域を離れた図書館でお話を語る会がある事を知り、何の躊躇もなくその会に入りました。
その「お話の会」はその図書館創設後に図書館がお話を語るボランティアを養成して作った会でした。会員は様々なお話講座を受講したのち、図書館をはじめとし、地域の学校や幼稚園でお話ボランティアとしてお話を語っていました。あれから20年以上、現在に至ってお話を語っている方が数人います。
その会の例会では、子ども達の前でお話をするには、一度必ず会員の前で語ってみなければなりません。私は唖然としました。というのは、私のお話を語る経験は、仕事の児童サービスの中で子ども達にお話を語る程度で、大人の前で語った経験がありません。それにお話の大ベテランの前で語るのです。大変緊張しました。緊張のあまり声が上ずって出ませんし、お話もしどろもどろになりました。でも、アクセントや、語尾の上がる癖など細かくチェックしてもらい、語るワザも少しずつ身につけてきました。
が、そうしたスキル指導には違和感を少し覚えるようになりました。スキルを向上させるあまりに、皆同じ語り方に当てはまっていく、同じパターンにあてはめようとしている事が語りを面白くない物にしているのではないか、と思うようになりました。
「私は楽しく語りたい。語ったとき、子どもが素直に喜んでくれ、それを聞けたら幸せだ」「生まれ育った地で身についた方言やアクセントそのままでもいいのではないか」そう思うようになりました。
そこで、『お話を語る』松岡享子著や『子どもにとどく語りを』藤井いづみ著を読み返しました。お話講座や様々なお話会にも参加しました。そこから得たことは、お話はそれぞれの持味を生かすことでその人のお話になることが解りました。また、お話は何度も語ることが必要だと気付きました。覚えるのは時間をかけること。試験勉強のように一夜漬けで覚えたものは、お話が熟成していない分味が出ないというのも実感できました。
こうして様々な場所でお話を聞き、お話を専門にされている先生から直接に私の語りについて伺う機会を得ました。こうしたことが次のステップとなる大きな力となりました。
もっと気楽にお話が語れる会を自分の居住地域で作って見ようかと考えるようになりました。
その願いの中でできたのが「おはなしコロボックル」の会です。
(2につづく)
例会日やお話会に当番制がある事も聞き、これなら私にもできるだろうと入会しました。が、実際やってみるとなかなか難しいことでした。子ども達が好む本と私が読む本とのギャップを感じたのです。でも、良い本は何度聴いても聞かせても良いという思いで絵本を選び続け、読み聞かせをしました。
しばらく続けている内に絵本の読み聞かせだけでなく、お話を語る(ストーリーテリング)ことができないかと思い始めました。以前、ある図書館見学の時に素晴らしいお話を語る会に遭遇し、その時の光景がいつまでも忘れられなかったからです。そのお話会は男性司書が『じごくのそうべえ』と、他2つのお話を語ったあとに、子ども達からお話のリクエストに応えていたのです。語り手と聞き手の一体感があり、私も思わず笑い声を発していました。それ以来、お話を語ることに興味を持つようになり仕事場でお話会を開催しました。お話を覚えて子ども達に語ることが絵本よりもお話をより共有できる楽しさがあると感じました。
子ども達の目を見ながらお話を語ると、同じお話の世界にいると実感できます。お話の語りでは、聞き手はそのお話を自分の頭の中で絵を描きながらそのお話を聞きます。お話は想像力をたくましく豊かにします。
が、この会では「お話を語る」ことはしないと決めているとの事でした。そこで、私は地域を離れた図書館でお話を語る会がある事を知り、何の躊躇もなくその会に入りました。
その「お話の会」はその図書館創設後に図書館がお話を語るボランティアを養成して作った会でした。会員は様々なお話講座を受講したのち、図書館をはじめとし、地域の学校や幼稚園でお話ボランティアとしてお話を語っていました。あれから20年以上、現在に至ってお話を語っている方が数人います。
その会の例会では、子ども達の前でお話をするには、一度必ず会員の前で語ってみなければなりません。私は唖然としました。というのは、私のお話を語る経験は、仕事の児童サービスの中で子ども達にお話を語る程度で、大人の前で語った経験がありません。それにお話の大ベテランの前で語るのです。大変緊張しました。緊張のあまり声が上ずって出ませんし、お話もしどろもどろになりました。でも、アクセントや、語尾の上がる癖など細かくチェックしてもらい、語るワザも少しずつ身につけてきました。
が、そうしたスキル指導には違和感を少し覚えるようになりました。スキルを向上させるあまりに、皆同じ語り方に当てはまっていく、同じパターンにあてはめようとしている事が語りを面白くない物にしているのではないか、と思うようになりました。
「私は楽しく語りたい。語ったとき、子どもが素直に喜んでくれ、それを聞けたら幸せだ」「生まれ育った地で身についた方言やアクセントそのままでもいいのではないか」そう思うようになりました。
そこで、『お話を語る』松岡享子著や『子どもにとどく語りを』藤井いづみ著を読み返しました。お話講座や様々なお話会にも参加しました。そこから得たことは、お話はそれぞれの持味を生かすことでその人のお話になることが解りました。また、お話は何度も語ることが必要だと気付きました。覚えるのは時間をかけること。試験勉強のように一夜漬けで覚えたものは、お話が熟成していない分味が出ないというのも実感できました。
こうして様々な場所でお話を聞き、お話を専門にされている先生から直接に私の語りについて伺う機会を得ました。こうしたことが次のステップとなる大きな力となりました。
もっと気楽にお話が語れる会を自分の居住地域で作って見ようかと考えるようになりました。
その願いの中でできたのが「おはなしコロボックル」の会です。
(2につづく)