本のある光景

本のある光景

味野 素子(2018年2月21日)

 電車に乗ると、回りの人たちが何を読んでいるかが気になる。ほとんどがスマホをのぞいている中で、新聞を読んでいる人や本を読んでいるのを見るとホッとする。
 ある日の電車の中の光景は、大変和むものだった。
 座席が空いていたので座ったら、向こうのすみに厚い本を手に持って眠りこけている学生がいた。表紙は、肌色かかっていて、岩波文庫の大判らしいものだった。読み疲れたのだろうか、今にも手から本はすべり落ちそうだった。どうも固い本らしいけど、この学生さんの読書傾向は何だろうと気になった。
 次の駅で、小学生高学年らしい男の子が乗ってきた。私の正面座席がほんの少し隙間があった。突然、その隙間にお尻を突っ込んだと思うと、ぐいぐいっとシートを押して座ってしまった。両側の人たちは遠慮しながら位置をずらすと、彼はゆうゆうと深く位置を取った。隣の人たちは、特別嫌な顔をするわけでもなく、そっと身体を小さくした。男の子は深く座ったかと思うと、膝の上のカバンから一冊の厚い本を取り出した。パッとあるページを開いて、背中を丸くして読み始めた。その子のまわりにある種の空気が流れ出した。「ほほー、なかなかいい光景ね」
と私はほくそ笑んだ。
 興味本位で本の題名を読もうとするが、老眼のせいかなかなか読みとれない。が、どうも冒険物の本らしかった。さっと目についたのが市立図書館の文字だった。
「そうか、この子は図書館で借りた本を持って読んでいるのだ。図書館利用者なんだ」
そう思うと身近に感じて、さらに観察にも熱が入った。
 そこからは、電車が止ろうが、誰が乗ってこようが、電車が揺れようが、自分の前に立った人が興味深く見ようが、一切関係なく本の世界に入り込んでいる。
『分かる分かる私もそういうことあるよ。これが熱中するっていうことなんだね。
 時には、微笑んで。…おいおい、楽しんでるね。
 あっ。ページをめくるのが速くなった。…いい場面なんだ、きっと。
 これこれ、鼻をいじった手で本をめくっちゃダメだよ。図書館の本は大切にね。
 ところで、大丈夫? そんなに夢中になって、降りる駅は間違えないかい?』
 この子の様子を見ていると、本の持つ魅力の大きさをあらためて思い知らされる。自分の現実的な世界と違う世界に招かれることが本の世界なんだ。
私の心配は不要で、ある駅がきたらを本をカバンに仕舞ってパッと立ち上がって降りていった。膨らんだ彼のカバンの中には、きっと図書館で借りた本がもっと入っているに違いないとも思った。図書館に行くたびに十何冊借りていく子どもではないだろうか。頼もしく思えた。
 さて、眠りこけて本を持っていた学生さん。降りる時に横目でピッと観察したら、何と問題集だった。眠るわけだなぁと可笑しくなった。でも、あの本の持ち方から想像するに、眠る前はちゃんと読んでいたんだ。期末テスト間近だろうか。がんばってねと声援した。