御朱印

御朱印

啓(2024年5月15日)

 御朱印帳を持って神社仏閣巡りをする女性が増えており、御朱印女子、御朱印ガールなる言葉もあるそうだ。そう言えばラケットボール仲間の女性も、最近友人の影響で西国三十三所詣でを始め御朱印を戴いているそうで、折々、詣でたお寺の写真やその近くの風景写真をエピソードと共にラインで送ってくれる。
 御朱印と言えば、どこで得た知識かは記憶していないが「参拝者が写経をして、それをお寺に納めた証(あかし)としてお寺から授与される朱の印を押した書面」だということは知っている。ところがウィキペディアでは「朱印(しゅいん)は、主に日本の神社や寺院において、主に参拝者向けに押印される印章、およびその印影。敬称として御朱印(ごしゅいん)とも呼ばれる。‥‥‥現代では朱印は納経とかかわりなく参詣の証明となっている」と説明している。
 神社の御朱印? 神社にお経を納めた証? 今まで「神社と御朱印」や「神社と納経」については考えたこともなかったが、「そう言えば友人が宮司として奉仕している神宮でも御朱印を授けていると言っていたなあ」と昔話を思い出した。
 手元には決定版御朱印入門と愛蔵版御朱印巡礼(いずれも編者 淡交社編集局、発行所 淡交社)がある。そこには数多くの寺院や神社の御朱印が載せられており、その読み下しが付いている。そこに掲載されている御朱印には四国八十八ヶ所の第一番札所霊山寺、西国三十三所の第八番札所長谷寺などのお寺の御朱印だけでなく、伊勢神宮、熊野本宮大社、湊川神社などの神宮・神社のものもある。
 寺院と納経は理解できるが、神社と納経については気になった。決定版御朱印入門では、八木 透氏が「御朱印とは、元は寺院で写経し、それを奉納した証として授与されるものであった。……やがて、社寺参詣が観光の旅と結びつき、一般参拝者が増加するようになると、御朱印本来の意味が、経を納めなくとも、単に参拝した証として御朱印が授与されるようになる。またこのような慣習が神社にも影響を与え、後の時代には、寺院と同様に神社でも御朱印を出すようになったものと考えられる」と書いているが「このような慣習が神社にも影響を与え」という説明では、まだ疑問が残る。
 そこで、神社本庁が御朱印についてどのように説明しているかを、神社本庁のWEBで調べた。そこには

 神社参拝した証として戴く「御朱印」。
 その起源は、奈良・平安の昔。神社仏閣に書写した経典を奉納した際に戴いた「納経受取の書付」ではないかといわれています。
「神社へ経典を奉納したの?」と思われる方もあるかも知れませんが、こうした例の代表に「平家納経」があります。これは時の天下人・平清盛が神仏習合思想の影響をうけ、「厳島神社の御祭神は、十一面観音がお姿をお変えになったもの」と解釈して奉納したものといわれています。
 こうした納経は徐々に一般にも広がり、社寺から「納経受取の書付」を戴いていたことが、やがて納経をせず参拝のみをした場合にも証明を書いてもらうというように変化していったものと考えられています。(以下省略)

とあった。「平家納経」「神仏習合思想の影響」と言われると何となく納得してしまう。
 最近の御朱印女子、御朱印ガールについては、「……入門」で八木氏が書いている「……特に戦後になり、西国巡礼や四国遍路が新しい旅のスタイルとして定着するようになると、巡礼による御朱印収集は一つのブームとして大流行してゆく。由緒ある寺院に参詣し、仏の教えに近づくことで心の渇きを潤し、癒しを欲する心身を満たさんとするような旅のあり方は、現代日本人の旅志向を象徴しているように感じる。……御朱印収集という新しいスタイルのコレクションへの関心が見え隠れしているように思えてならない」が正解かも知れない。
 私には八木氏の「御朱印収集という新しいスタイルのコレクションへの関心が見え隠れしている」や寺社参詣三十年の軌跡として、180冊を超える御朱印帳を有している人物の対談での発言「御朱印集めに関しては、正直、スタンプラリー化してしまっていますね」は本音だろうと思う一方、コレクションやスタンプラリーであっても敬虔な気持ちで神社や寺院にお参りするという行為にははっきりとは説明できない何か精神的なものがあるのではないかとも思う。