「東南アジアの洞窟遺跡」
図書館の新着本の棚にポツンと一冊残されていた本が福井洞窟ミュージアムと東南アジア考古学会の編になる「東南アジアの洞窟遺跡」(雄山閣)だった。洞窟や遺跡にはそれほどの関心を持っているという訳ではないが、アート紙で印刷されたその本を手に取ってみると各頁に遺跡の全体写真や出土した諸々の写真・関連する図表が掲載されており、眺めるだけでも面白そうだったので借り出し手続きをした。
ペラペラと頁を繰ったときに「泰緬(たいめん)鉄道と洞窟」という項目があり、映画「戦場にかける橋」のクワイ川鉄橋の写真が載せられていたことも借り出した理由の一つでもある。
人類の洞窟利用とその痕跡というタイトルで書かれた個別の洞窟遺跡についての8頁前後の文章がこの本の中心だろうが、取り上げられている洞窟それぞれの関係がよく理解できない。
例えば「仏像が静かに眠る洞窟」との見出しではラオスのタムティン洞窟が取り上げられているが、水辺の聖地、信仰の場・観光の場、岸壁に描かれた壁画という切り口で説明され、「東南アジアで最も美しい洞窟」としてタイのプラヤナコーン洞窟ではカオ・サームローイヨート国立公園、王を魅了した洞窟、国立公園内の洞窟壁画が説明されている。
それぞれを読んでみるとなんとなく洞窟と歴史を切り口とした観光案内書のような感じである。かつてテレビの旅番組で観光地として紹介されていた洞窟もある。
この本で知った言葉、初めて出会った言葉に「ホアビニアン(ホアビン文化)」がある。「 1920 年~ 1930 年代、マドレーヌ・コラニによって、ホアビン省を中心とするベトナム北部の石灰岩洞窟群から発掘された、安山岩や玄武岩を石材とする石器群をもとに、ホアビニアンが定義された」という説明では私にはよく理解できない。そこでインターネット検索をするとベトナム語を翻訳したもののような説明文が現れたが、極めて稚拙な訳文であった。
世界大百科事典の「インドシナ半島を中心に、中国南部から島嶼部に広がる石器時代文化。ベトナム北部、ハノイ南西のホアビン Hoa Binh 地方の石灰岩洞窟多数を、 1926-29 年にフランスの考古学者コラニ M.Colani ( 1866-1943 )が調査し、その出土品によって命名された」が私には理解しやすい。
読みながら一つの疑問が生じた。ここで取り上げられている洞窟の定義はどのようなものだろう、洞穴や鍾乳洞とどう違うのか。鍾乳洞は石灰岩が水によって侵食されてできた洞窟で洞窟の下位概念なのだろうか。かつて京の古道歩きの途中に友人たちと訪れた日向大神宮の天岩戸も洞窟の一種なのだろうか。などと素人の考えは変な方向に向かう。
最後までこの本の性格が分からなかったが、最終頁に「企画展『東南アジアの洞窟遺跡』とその図録である本書は……」と書かれてあったので、何となく納得した。
多くの人がそれぞれの文体や切り口で自由に書かれている文章の羅列であり読むのに難渋した。しかし、資料的価値のある書物だろうとは思う。
ペラペラと頁を繰ったときに「泰緬(たいめん)鉄道と洞窟」という項目があり、映画「戦場にかける橋」のクワイ川鉄橋の写真が載せられていたことも借り出した理由の一つでもある。
人類の洞窟利用とその痕跡というタイトルで書かれた個別の洞窟遺跡についての8頁前後の文章がこの本の中心だろうが、取り上げられている洞窟それぞれの関係がよく理解できない。
例えば「仏像が静かに眠る洞窟」との見出しではラオスのタムティン洞窟が取り上げられているが、水辺の聖地、信仰の場・観光の場、岸壁に描かれた壁画という切り口で説明され、「東南アジアで最も美しい洞窟」としてタイのプラヤナコーン洞窟ではカオ・サームローイヨート国立公園、王を魅了した洞窟、国立公園内の洞窟壁画が説明されている。
それぞれを読んでみるとなんとなく洞窟と歴史を切り口とした観光案内書のような感じである。かつてテレビの旅番組で観光地として紹介されていた洞窟もある。
この本で知った言葉、初めて出会った言葉に「ホアビニアン(ホアビン文化)」がある。「 1920 年~ 1930 年代、マドレーヌ・コラニによって、ホアビン省を中心とするベトナム北部の石灰岩洞窟群から発掘された、安山岩や玄武岩を石材とする石器群をもとに、ホアビニアンが定義された」という説明では私にはよく理解できない。そこでインターネット検索をするとベトナム語を翻訳したもののような説明文が現れたが、極めて稚拙な訳文であった。
世界大百科事典の「インドシナ半島を中心に、中国南部から島嶼部に広がる石器時代文化。ベトナム北部、ハノイ南西のホアビン Hoa Binh 地方の石灰岩洞窟多数を、 1926-29 年にフランスの考古学者コラニ M.Colani ( 1866-1943 )が調査し、その出土品によって命名された」が私には理解しやすい。
読みながら一つの疑問が生じた。ここで取り上げられている洞窟の定義はどのようなものだろう、洞穴や鍾乳洞とどう違うのか。鍾乳洞は石灰岩が水によって侵食されてできた洞窟で洞窟の下位概念なのだろうか。かつて京の古道歩きの途中に友人たちと訪れた日向大神宮の天岩戸も洞窟の一種なのだろうか。などと素人の考えは変な方向に向かう。
最後までこの本の性格が分からなかったが、最終頁に「企画展『東南アジアの洞窟遺跡』とその図録である本書は……」と書かれてあったので、何となく納得した。
多くの人がそれぞれの文体や切り口で自由に書かれている文章の羅列であり読むのに難渋した。しかし、資料的価値のある書物だろうとは思う。