悲しみよこんにちは
大学写真部 OB の仲間と毎年 12 月に発行している同人写真集が今年 25 回目を迎える。私は初回から参加しているが、同じ形式で装丁された 24 冊が書棚に並んでいるのをみるとチョット嬉しくなる。
創刊号からずっと編集長兼会計責任者を担当してくれている仲間の元フランス文学教授から「第 25 集のタイトルは『蒼い哀しみ(ラ・トリステス・ブルー)』です。受付を開始します。同人のふるってのご参加をお待ちしております」との詳細を付した告知メールが送られてきた。
メールに書かれていた「トリステス」という言葉から青春時代に読んだフランソワーズ・サガンの小説「悲しみよこんにちは(Bonjour Tristesse)」を思い出した。今思い出せるのはかなり薄い文庫本で読んだことと丸善でフランス語の原本を買ったものの数頁でギブアップしたことだけである。
それほど長い小説ではなかったと記憶しているので、多分読み通せるだろうと思い図書館の蔵書を探し、 1969 年発行の新潮社版の世界文学全集第4巻を借り出した。コンパクト判というのだろうか新書判に近い形の上下二段組の、今では見られないほどの小さな活字の紙面はそれだけでも現在の私の読書意欲を削ぐ。しかし、朝吹登美子の訳も優れていたのだろう100頁強をあっという間に読み終えた。
読み始めると具体的な内容は全く覚えていないことに気が付いたが、全体から受ける印象はおぼろげながらもなにか懐かしいものだった。
18 歳のサガンが書いている最初の文章は
創刊号からずっと編集長兼会計責任者を担当してくれている仲間の元フランス文学教授から「第 25 集のタイトルは『蒼い哀しみ(ラ・トリステス・ブルー)』です。受付を開始します。同人のふるってのご参加をお待ちしております」との詳細を付した告知メールが送られてきた。
メールに書かれていた「トリステス」という言葉から青春時代に読んだフランソワーズ・サガンの小説「悲しみよこんにちは(Bonjour Tristesse)」を思い出した。今思い出せるのはかなり薄い文庫本で読んだことと丸善でフランス語の原本を買ったものの数頁でギブアップしたことだけである。
それほど長い小説ではなかったと記憶しているので、多分読み通せるだろうと思い図書館の蔵書を探し、 1969 年発行の新潮社版の世界文学全集第4巻を借り出した。コンパクト判というのだろうか新書判に近い形の上下二段組の、今では見られないほどの小さな活字の紙面はそれだけでも現在の私の読書意欲を削ぐ。しかし、朝吹登美子の訳も優れていたのだろう100頁強をあっという間に読み終えた。
読み始めると具体的な内容は全く覚えていないことに気が付いたが、全体から受ける印象はおぼろげながらもなにか懐かしいものだった。
18 歳のサガンが書いている最初の文章は
ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見しらぬ感情に、悲しみといういかめしい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義的な感情であり、私はそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。私はこれまで、ものうさ、悔恨、そしてまれには良心の呵責さえも知っていたが、悲しみは経験したことがなかったのだ。今は、絹のようにいらだたしく、やわらかい何かが私の上にのしかかって、私を他の人たちからへだててしまう。
である。時代なのだろうか、それとも私の読書傾向のしからしむるところだろうか私は最近ではこのような文章にお目にかかったことはない。
そして主人公に「考える自由、常識はずれなことを考える自由、あまり考えない自由、自分の人生をえらぶ自由、自分自身をえらぶ自由。私は『自分自身で在る』ということはできない。なぜなら私はこねることのできる粘土でしかなかったが、鋳型を拒否する粘土だった」と言わせる。
内容すら覚えていない私が何十年前に読んだときはどのような感想を抱いたのかは雲の彼方であるが、今回読み直してみて「矛盾した感情とそれに伴う行動、若さゆえの無頓着な計画、そして結果としての悲劇、を 18 歳という年代を超えて見事な筆致で描いている」と思ったことである。
最後の文章は「……私はこの名前を低い声で、長いこと暗やみの中でくりかえす。すると何かが私の内に湧きあがり、私はそれを、目をつぶったままその名前で迎える。悲しみよ、こんにちは」である。
ジュリエット・グレコが英語で歌っていた(とおぼろげに記憶している)“I live with melancholy My friend is vague distress I wake up every morning And say,¨Bonjour tristesse¨…………”が頭の中で蘇った。
そして主人公に「考える自由、常識はずれなことを考える自由、あまり考えない自由、自分の人生をえらぶ自由、自分自身をえらぶ自由。私は『自分自身で在る』ということはできない。なぜなら私はこねることのできる粘土でしかなかったが、鋳型を拒否する粘土だった」と言わせる。
内容すら覚えていない私が何十年前に読んだときはどのような感想を抱いたのかは雲の彼方であるが、今回読み直してみて「矛盾した感情とそれに伴う行動、若さゆえの無頓着な計画、そして結果としての悲劇、を 18 歳という年代を超えて見事な筆致で描いている」と思ったことである。
最後の文章は「……私はこの名前を低い声で、長いこと暗やみの中でくりかえす。すると何かが私の内に湧きあがり、私はそれを、目をつぶったままその名前で迎える。悲しみよ、こんにちは」である。
ジュリエット・グレコが英語で歌っていた(とおぼろげに記憶している)“I live with melancholy My friend is vague distress I wake up every morning And say,¨Bonjour tristesse¨…………”が頭の中で蘇った。