「沈黙の春」の刺激
muca(2026年5月6日)
人間だけの世界ではない。動物も植物もいっしょにすんでいるのだ。その声は大きくなくても、戦いはいたるところで行われ、やがていつかは勝利がかれらの上にかがやくだろう。そして、私たち人間が、この地上の世界とまた和解するとき、狂気から覚めた健全な精神が光り出すであろう。
恐ろしい圧力を遺伝子に加えると書かれた殺虫剤や除草剤が次々に語られ(私はそのうちの3つかしか知らない)、その執拗で深刻な影響に、読んでいる私のこころも沈黙してしまう。
DDT(dichloro diphenyl trichloro ethane)
クロールデン(Chlordane)
ディルドリン(dieldrin)
アルドリン(Aldrin)
エンドリン(endrin)
パラチオン(Parathion)
マラチオン(Malathion)
DDD(dichloro diphenyl dichloro ethane)
DDE(dichloro diphenyl dichloro ethylene)
BHC(benzene hexachloride)
2・4D(2,4-dichlorophenoxyacetic acid)
クロールデン(Chlordane)
ディルドリン(dieldrin)
アルドリン(Aldrin)
エンドリン(endrin)
パラチオン(Parathion)
マラチオン(Malathion)
DDD(dichloro diphenyl dichloro ethane)
DDE(dichloro diphenyl dichloro ethylene)
BHC(benzene hexachloride)
2・4D(2,4-dichlorophenoxyacetic acid)
昆虫防除に化学薬品を使いだしてから、私たちは二つのきわめて重大なことを見落としていた。自然そのものの行うコントロールこそ、害虫防除に本当に効果があるということ。ひとたび環境抵抗が弱まると、ある種の昆虫は、爆発的な増殖力を示すということ。
ある昆虫を防除するつもりが、(その昆虫は防除できても)その昆虫のために繁殖が抑えられていた(他の)昆虫の増大を招いてしまうということだが、これは少し考えれば容易に想像できたはずのように私は思う。
本殿の横の崩れやすい崖にタラの木などが伸び、隣の寺に迷惑をかけていたからであるが、ノコギリと鎌では、足元が不安定なこともあって非力な私にはたいへんだった。タラの木の棘が痛くて、片方の手で曲がりやすい木を支えることができず、不本意であったがハンディーチェンソーを使った。
それでもいいと思った。ささいなことであるが、安易で楽な方法をこれからも採らず、定期的に手を入れれば得られる満足感と安心感がふくらんでくる。
化学薬品の標的とされた昆虫個体群の弱者は滅んでいこうとし、頑健で抵抗力のあるものは、次々と新薬を繰り出しても執拗に立ち向かってくる、というようなこともあらためて知らされた。
分業が進み、農業や牧畜などは広大な面積を少数の人間が行なうようになったことで、効率を最優先しなければならなくなった。これこそが問題の根源だと私は思う。均衡によって保たれた自然を責任を持って未来に残すには、文字通り個人の体力が及ぶ範囲の努力で自然と向き合うべきだ。
最近、私は近くの神社の枝葉を何日かかけて伐採した(まだ終わってはいないが)。
本殿の横の崩れやすい崖にタラの木などが伸び、隣の寺に迷惑をかけていたからであるが、ノコギリと鎌では、足元が不安定なこともあって非力な私にはたいへんだった。タラの木の棘が痛くて、片方の手で曲がりやすい木を支えることができず、不本意であったがハンディーチェンソーを使った。
それでもいいと思った。ささいなことであるが、安易で楽な方法をこれからも採らず、定期的に手を入れれば得られる満足感と安心感がふくらんでくる。
「沈黙の春」を読み終わった後で、もう一度最初のページに戻り、書かれていることの重さを確かめる。
アルベルト・シュヴァイツァーに捧ぐ
シュヴァイツァーの言葉──
未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。そのゆきつく先は、自然の破壊だ。
まったくの余談であるが、読んでいてアメリカの数量単位に馴染んでいない私は、この際、書かれていたことをメモしておいて(覚えていられないので)、これからは流し読みをしないではっきりイメージを掴めるようにしたいと思わせられた。1平方ヤード=0.8㎡、1エーカー=4047㎡、1フィート=30.5cm、1ポンド=0.45kg が、それらなのだが。