辛抱がきかない

辛抱がきかない
muca(2026年6月3日)

 原題は「COLLARED : A GIN & TONIC MYSTERY」である(和爾桃子訳)。
 これはどう訳せばいいのだろう。「謎解き、ジン・トニック ミステリー」? これを訳というのか(笑)。

 ジニー(コンシェルジュサービス業の女性)が、どことなくいわくのありそうな依頼(行方の分からなくなった伯父を探しだす)を、テディ(バーテンダー)の協力でやっていくという話らしい。
「らしい」というのは、最後まで読まなかったからである。

 ジニーの飼い犬ジョージーと、テディのバーに始終現れる猫のベニーが謎解きをしていく話 … のつもりで読んでいったのだが、本の半分を過ぎても、この犬と猫は探偵らしいことは何もしていない。
 ジニーとテディの会話も別に退屈なものではなく、ベニーが会話の主導権を握っているジョージーとのやりとりもそれなりに面白く書かれているのだが、事件の概要すらわからないまま、読み続けるという忍耐力が今の私にはない。

 スリルもサスペンスも求めない私だから、そういう味付けは要らないのだが、せめて「これは不穏なことが起こっているぞ」くらいの状況を早めに提示してほしい。記憶にとどめておく必要のなさそうな彼らの推理も行動もさっぱり私の興味を惹かないのである。
 他に時間をかけてやることがあるので何度も読むのを中断したが、本の半分を過ぎてようやくそれらしい展開になってきたようには感じる。
 けれど、その頃には読み続けようという気力が失せていた。この時点でこの本に対する私の評価が固定してしまったのだ。

 本の邦題は、読者がなるほどと納得するものでなくてはならないと私は思う。そして、推理物ならなるべく早く、どういう事件なのかを読者に知らせるのが普通だと思う。

 タイトルが内容を裏切らないことで読者との信頼関係を維持していくことができる。
 末尾の「解説」だか何かに、 “嘘と謎が交錯する、コージーミステリーの注目作” とあったが、いったい誰が注目するというのか?
 自ら危機を招くようなことを出版社がしてはならない。