これは疲れているだけなのか

これは疲れているだけなのか
muca(2026年8月26日)

夏まつりの夜

 町内の「夏まつり」の準備のあと、役員でもあるので夜からの懇親会にも参加。

 いつもの年なら話の合う人がいたけれど、今回はその方がいないので他の参加者たちの端にそっと腰をかける。

 日頃私はそれほど無口なほうでもないと思うが、積極的に話しかけることもない。それがこの夜はどうしたことか、人の話に相槌を打てる言葉さえ見つからない。この2か月ほど、パソコン相手に時間をとられ、作業に集中しているせいもあるとは思うが、皆の話題についていくことができない。
 この夜は常にも増して気分がのらない精神状態だと自覚するが、「こいつは義理で座ってるだけだな」と思われても面目ない。こんなに身の置き所のない気分に襲われたのは久しぶりだ。

 この中では私が最も年上だろうとは思うが、そんなに歳が離れているわけではない。誰にとっても当り障りのない話ばかりなのだがそれにもついていけない。プロ野球のチームのロゴがあるTシャツを着ている人がいて、最近はチケットがなかなか取れないという話になっても、夕食の間だけ眺めるTVのチャンネルを(他にましなのがない時だけ)それに合わせておく程度の私だから、皆にとっては常識で、わざわざ掘り下げることもない各チームの好不調の状況すらさっぱりわからない。

 中に釣りが好きで日本中を訪れた(と後で知った)方がおられた。この人の釣り方やいろいろなエピソードなどをもっと具体的に聞けたらと思ったが、私はそばにいなかったのと、釣りをしない自分がとんちんかんな問いかけを大きな声でするわけにはいかない。

 勤めていた会社の海の家が若狭湾にあった頃は、毎年のように夏に利用したが、ただ一度だけ、数百円で釣り竿と餌のセットを買って釣りの真似をした。思いもかけないことに、小さな魚が釣れてしまったが、怖くて針から外せない。可哀そうなことに、竿も魚も放棄してしまったという、恥ずかしい思い出だ。

 何年も前に図書館で山本素石の著書に出合ってから、続けさまに借りて読んでしまったことがある。
 素石が書いた釣りのシリーズは、夢中になるほど面白かったのである。

 パソコンで疲れたときの休憩が本を開くだけになっている。ただ開くのではない、没入できる時間を与えてくれる素敵な本が要る。
 もういちど素石の本を読みたいなと思う。そして、夏まつりの夜に漏れ聞いた釣りの話を臨場感で膨らませたいなと思う。