ペネロピアド

ペネロピアド
M・M(2026年9月2日)

葡萄

 今月上映の大作映画「オデュッセイア」が今から楽しみだ。
 監督はクリストファー・ノーラン(脚本、制作)。オデュッセイアはマット・デイモン、テレマコスはトム・ホランド、ペネロペにアン・ハサウェイ。
「オデッセイ」は火星に1人取り残された火星探査者の映画。この映画にも上記の俳優マット・デイモンが出演(主役)をしている。原作はアンディ・ウィアー著「火星の人」。
 映画のタイトルは「長期の放浪・冒険」の意味があるそうだ。なるほど。火星で1人生き残るために、じゃがいも畑を作るシーンは印象に残る。

「ペネロピアド」マーガレット・アトウッド著、鴻巣友季子訳を読む。
 トロイア戦争に歳月をついやし故郷のイタケーに還る(長期の放浪・冒険)王を長年待つ王妃ペネロペイアを語り手にした現代文学。鴻巣氏はこのような作品が刊行されることを願っていたそうで、翻訳依頼を受けたのち、「運命の出会い」とも言える本になったそう。

解説 小川公代(英文学者)

1 聞こえない「声」
 この本の主人公、ペネロペイアはスパルタのイカリオス王の娘であり、トロイア戦争の発端になった女性ヘレネの従妹である。ホメロスの「オデュッセイア」がどの時代にも多くの人びとに感動を与えてきたことは事実である。アトウッドはその物語の中でいくつかの違和感を抱き、気になったことの真相をどうであったかと考える。今の時代であれば、ペネロペイアに語らせることができる。「そろそろわたしがささやかな物語をつむぐ番のようね」と物語をつむぎはじめる。

2 その時代の家父長制に抗する
 ペネロペイアの父とのある幼少期の出来事を語らせ、それが彼女に大胆さと思慮深さを授けたであろう経緯を想像させる。その教訓を必要な危機意識に活かし見極める力を養っていった。辛抱強さは母から受け継ぐ …

3 霊魂からふたたび「声」へ
「わたしにはしゃべろうにも口がない」とペネロペイアに語らせる。異色である。
 霊魂となったペネロペイアと従姉ヘレネとの会話はすこぶる面白い。文学には対照的な女性二人が描かれることが多く「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラはさしずめヘレネ、義妹メラニー・ウィルクスはペネロペイアか。ペネロペイアは霊魂になったことで「明るく照らされた平たい面(中略)をとうして世界を眺める」ことができるようになり、フラットな視座を獲得している。

終盤にかけて
 キーワードは「声」。「声」そのものに光があてられる。声は語り続ける。「肉体と舌と指」をもちえないが「声」は語り続ける。

解説を読み、本文を読む。
 苦手な部分は飛ばし読みをする。いくら想像しても、想像の上に想像である。「そうきたか」とか「そうなるのね」と感心する。さしずめ現代語でしゃべる息子テレマコスは …
冒険から帰ったある場面

ペネロペイア

「彼女(ヘレネ)、どんなようすだった?」

テレマコス

「はっきり言って、かなーり老けたね。お母さんよりずっと老けてる。なんだか、くたびれちゃった感じ。どこもかしこも皺くちゃでさあ」

 

 笑いがもれても良いと思う。その時代の物語を現代に置き換えて語らせると、距離が近い。

 冥界の会話 …

ペネロペイア

「いまでは、トロイア戦争そのものの解釈が変わっているんですってね」
「いまや、あなたもたんなる神話上の人物ね。あの戦争は公益路をめぐるものだったんだって、学者たちは言ってる」

ヘレネ

「いやね、ペネロペイア、いまだに嫉妬なんかよしてよ」
「わたしたちいいかげん仲良くしてもいいじゃない …
ラスベガスに行きましょうよ …
でもそんなのあなたのスタイルに反するわね …
あなたって、むかしからそういう家庭的な人よね」

 

 この本を読んだ今、映画「 オデュッセイア 」を観るとどのような感想になるだろう。
 主役の原作ではなく、准主役の現代から見た物語。重厚な角度の作品であればあるほど、少し斜め性格の私はいくつかの声をひろいながら、同時にその声を味わうことはできるだろうか。

 声、声と書いていると着信があった。
 会話の最後で「何かお礼をしたいのですが」と言われ「声を届けてくださるだけで … 」と言って失礼した。

壺