会議は踊る

会議は踊る

麻(2026年1月14日)

京都東山動物園で

 何十年か前に、箱入り布張り表紙の「会議は踊る」(江上輝彦、南窓社)を京都の古書肆で見つけ直ちに買ったときに頭に浮かんだのは二つのことでした。
 その一つはナポレオン戦争後のヨーロッパの秩序を回復させるため開催されたウィーン会議の議事が進行しないことを皮肉ったオーストリアの将軍リーニュ公(フランス代表のタレーランあるいはオーストリア外相メッテルニヒの秘書との説もあるそうです)が言ったという「会議は踊る、されど進まず(Le Congres danse beaucoup, mais il ne marche pas)」です。
 そしてもう一つは当時の多くの日本の会社での会議の状況でした。会議は開かれますが、いろんな視点や利害から議論するだけで、正式な結論が出されることは少なく、結果的には会議の雰囲気に沿った方向で物事はゆっくりと進んで行きます。その如何にも日本的な会議に対し先輩が皮肉を込めて言った「会議は踊る、そして “遅々ながら” 進む」を思い浮かべたのです。

 このようなことを思い出させるこの「会議は踊る」を入手後すぐに読んだかどうか、今でははっきりとは思いだせません。が、捨てるには惜しく未だに書庫に眠っています。そこで時間もあることだし、ということで読み始めました。

 読み終えてこの本はどのような本か、この本をどのように受け取るかについてちょっと悩みました。
 一言で言えば「19世紀初頭のヨーロッパの政治情勢や政治・外交の雰囲気を、ウィーン会議を中心に、メッテルニヒの立場から見た、メッテルニヒの権謀術数を示す、メッテルニヒを中心とする人間模様を描写する、ことにより、歴史を文学として面白く描いた一冊」とでも言えるのでしょうか。描かれている事実は多くの歴史書に書かれていることと大きく異なることはないように思われました。著者による創作は無いか、あってもそれを裏付け、想像させる資料があるものに限られているようです。

 著者は次のように書いています。

 歴史文学とか伝記小説とかいうたぐいは決して珍しくはないのだが、 “歴史” や “伝記” をいい加減にして、勝手気儘な御託をならべたてたようなものが、案外おおいのである。史実をゆがめたり、それと虚構をごたまぜにしたりでは、結果はどっちつかずの、ばかばかしいものになるだろう。だから、私は史実には忠実に、後でへんな間違いを指摘されないように気をつけた。文献そのものに食い違いがあるのには閉口したが、そのさいは自分の判断に従うほかはなかった。

 メッテルニヒや彼と共に、あるいは彼の時代に活躍した人物の最後を描いた文章中には「木枯の果てはありけり海の音」(言水)、「風に聞け何れか先に散る木の葉」(漱石)、「落つる葉はのこらず落ちて昼の月」(荷風)が、それぞれ書かれていますが、これらは作者のこれら人物に対する弔辞でありましょう。

 使われている言葉には「藩屏(はんぺい)」(守護するもの。特に、王家を守護するもの)や「蟠踞(ばんきょ)」(根を張って動かないこと)など、私が知らない言葉が折に触れ出てきて、その意味を調べたり、汲んだりするのに難渋しました。
 これらにより思考が停まったことはありつつも「リズミカルな、テンポの良い文章、何か頭の中で言葉が躍っているような文章であり、すらすらと読み進めることができた」というのが素直な感想です。

 著者は最後の文章として

 旧オーストリア帝国瓦解の灰の中からいろんな新しい国家が生まれたが、一千年もの長い間ヨーロッパの統治者であり、そしてその光輝ある統一の象徴でもあったハプスブルグ家は夢のように消えて、ひとかけらの跡もない。と共にこの時代の皇帝も王も貴族も市民も農民も、ありとあらゆる人間が死んで虚無に帰した。しかし、残骸が赤く美しい珊瑚をつくるように、無数の人間の死の堆積からやがて歴史が生まれたのだろうか。そして今にかわらないものはただ、ウィーンをよぎるドナウ河の流れや、ふと行きずりに地下の酒場あたりにきくシュトラウスのワルツの音色でもあろうか。

と書いています。

 今、私の頭の中には(正確かどうか不明ですが、そしてどこで知ったのかも分かりませんが、ウィーン会議をテーマとした古い映画で歌われていたと覚えている)「♫ただ一度、二度とない……」というメロディの一部が流れています。気になったので、インターネットで調べましたところ「ウィーン会議を時代背景にした1931年ドイツで作られたオペレッタ映画『会議は踊る』の主題曲」だと分かりました。そこにはこの歌が歌われている画面も併せて表示されていたのでその曲と歌詞を始めて正しく知ったことです。