天井から見ると

天井から見ると
麻(2026年3月18日)

 私の書く字はかつて「コミュニケーションには差し支えない」と評されたようなものです。字が下手な代わりに絵なら上手に描けるかというとそういうわけでもありません。季節の花が咲き誇っている公園の端にイーゼルを立てて風景を描いている日曜画家や観光地でスケッチブックを手にさらさらと色鉛筆を動かせている観光客を見るととても羨ましく思います。

 これは絵というのでしょうか、それとも俯瞰図というのが正しいのでしょうか。私がいま楽しんで眺めているのは妹尾河童さんの描く「天井から見た部屋」です。これについて河童氏は

多くの人から「俯瞰図の書き方を教えてくれ」とよく言われました。
 特に熱心だったのは、ローマのホテルのフロント氏で「シニョーレ・カッパは天井へ登らないで、どうしてこんな絵が描けるんだ?」と本気で不思議がって聞くので「誰もいないときに、部屋の中を蝙蝠(こうもり)のように飛びまわっているのさ」と答えたら、すかさず彼は「内緒でぼくにも、飛び方を教えろ」と片目をつぶったので、飛び方を伝授しました。(「河童の手のうち幕の内」(新潮社))

と書いています。
 今、手元に置いて眺めているのは「河童が覗いたヨーロッパ」(講談社文庫)ですが、同じ趣旨がこの本の巻末に置かれた阿川佐和子さんとの対談でも書かれています。そこでは「彼はあまりに熱心だったので、俯瞰図の書き方を教えましたよ。お陰でホテル代が安くなった(笑)」とありました。

 私はいくら丁寧に飛び方を伝授されても、俯瞰図の書き方を教えられても、上から見た部屋の絵は描けそうもありませんが、河童氏の描く天井から見た部屋の絵はとても興味深く眺めています。
 特に前者に掲載されている立花隆さんの仕事場というか書斎を描いた1枚の絵には仰天しました。その昔、テレビ画面で見た立花さんの “本や雑誌や資料が積み上げられた足の踏み場も無いような” 部屋、その中心には “機器や資料が所狭しと置かれた大きな机のある” 部屋を天井から見て描いているのですから。

 後者にあるヨーロッパの幾つかの国の安宿(と河童氏は書いています)の俯瞰図を眺めたときには、私が出張の際に定宿にしており、単身赴任の際の住まいとしていた東京のビジネスホテルの一室とそう変わらないなあ、と感じたことです。洋の東西を問わず狭い空間に一定の設備をするとなると同じようになるのでしょう。ただ、部屋の形がいろいろとあることや屋根裏部屋もあること、さらにはトイレは無くてもビデはあるという部屋も描かれておりお国柄を感じました。
 宿の部屋の俯瞰図もさることながら、そこに書かれた短文はとても興味深いものです。例えばマルセイユの宿について

 マルセイユの宿は美しすぎてはいけない。僕にとっては、マルセル・パニョールの作品の舞台のマルセイユだし、古く、なつかしいフランス映画の港町だから。僕のイメージ通りのホテルを自分の足で探す。港町に近い横丁でみつけた。‥‥‥ガタピシの階段を登った二階の帳場には、美人で陽気で、しっかり者のマダムが実際にいたし。
 イメージ通りの少し怪しげな安宿。僕は、パニョールの劇中人物風にさっそくやってみる。ジャンパーをぬいで、イスの上へ投げる。‥‥‥ベッドへ横になってみる。すると、ここもまた、鏡の中に僕がみえる仕掛け。残念ながら、その必要はなかったのに。

と書いています。(私はマルセル・パニョールについては何も知りません)

 さらに後者には「国際列車の車掌さんたち」という項もあり、そこには14ヶ国の国際列車の車掌さん達とその衣装、帽子、カバン、マークなどをきっちりと描いた絵が掲載されています。

 列車に乗っている間は別にすることもないから、退屈しのぎに車掌氏をスケッチしてみた。といってもまさか車掌さんを立たせて描くわけにもいかないから検札に通る一瞬をとらえてディテールを見てとる。こんどは帽子のバッチ。こんどは襟の形とボタンの数。といったふうに描きこむ。幸い日本と違って、車掌氏はよく車内を歩いてくれる。列車が駅につくたびに新しく乗りこんだ人の検札にくるからだ。5回か6回、ぼくの前を歩いてくれると、できあがることになる。‥‥‥中には、検札のたびにのぞきにきて、面白がる人もいた。

 観察力に優れた線描画と短い文章で対象物それぞれが簡潔に説明されており、ある意味、写真よりも実態を捉えているのではないか、見る人にその本質を教えてくれるのではないか、と思いながらのんびりと空想に耽ったことでした。