奇妙だが何となく気になる

奇妙だが何となく気になる
麻(2026年6月24日)

カキフライが無いなら来なかった

 図書館からのメールマガジンで「カキフライが無いなら来なかった」(著者:せきしろ、又吉直樹、幻冬舎)という、私にとっては奇妙なタイトルの本が図書館職員(K)さんにより紹介されていました。「なんともいえない哀愁が漂う、味わいのあるタイトルに惹かれた一冊。‥‥‥悲しみもあれば小さな幸せもある‥‥‥人生の中に転がっている瞬間を切り取ったような自由律俳句集です」という文章とともに。
 著者の一人の又吉直樹さんは知っていましたが、せきしろさんは初めてお目にかかる名前です。ウィキペディアでは北海道生まれの男性作家、自由律俳句俳人、コラムニストと紹介されていました。

 手に取った「カキフライが無いなら来なかった」はそれぞれの自由律俳句と2~3頁のエッセイ、そしてちょっと寂れた感じの住宅地で見かけるような風景を小さな視点で切り取った少し暗い感じのモノクロームの写真とで構成されていました。俳句とエッセイが掲載されているそれぞれの頁の上部には小さな字で作者名が書かれています。写真は誰が撮ったかは書かれていません。

 書名の「カキフライが無いなら来なかった」は又吉直樹さんの自由律俳句ですが、その他には「目を開けていても仕方ないので閉じる」「路傍の隅っこに以前はなかった花束と珈琲と」「高架下歩く自分の足音を聴く」「呉服屋のシャッターにスプレーの落書き」「まだ何かに選ばれることを期待している」などがありました。
 また、せきしろさんの作品は「喧嘩しながら二人乗りしている」「雨と冷蔵庫の音に挟まれ寝る」「間違えたビニール傘に知らない人の温もり」「桜の花びら踏んでも音はしない」「歩く速さを合わせてもらっていた」などです。
 いずれも心の中にちょっと芽生えた感覚や日常の小さな発見をさりげない言葉で的確に切り取っていると思い、これらを読みながら最近は少し雑な日々を送っているのではと自らを省みたことです。

「単色になった虎が踏切を眺めている」と題されたエッセイで、又吉直樹さんは

自堕落な日々を送っていた。上京して間もない頃のことである。‥‥‥学生や会社帰りの人達をすれ違う。理由の解らない罪悪感に襲われる。自分だって、やるべきことをやるために東京にいるのだから何も悪くないはずなのだが。自分が罪人であるかのような後ろめたさを感じうつむき顔を隠して歩く。‥‥‥自分で選択した癖に何を今さらと思いながら、これはやばいぞ深刻だぞと思う。‥‥‥途方に暮れて歩き続ける。空は群青色を経て夜となる。‥‥‥ようやく立ち止まった。踏切の前。カンカンカンカン。やかましい。‥‥‥ああ、せめて虎が吠えてくれたら。

と、風雨にさらされ色あせた、黄色と黒に塗り分けられていた踏み切りの竹竿に自らの心情を託しています。

 せきしろさんの「病室に別人がいた」は

 病室のドアを開けると別人がいた。部屋を間違ったわけではない。部屋番号も確認したし、名前のプレートも確認した。「おう」。現にベッドの上の人物はこちらに笑みを向けている。別人に見えたのは病院独特の雰囲気に私が飲まれてしまっていることと、何より相手が予想以上に痩せていたことが原因であろう。‥‥‥驚いた。驚いたがそれを悟られぬよう、私は平静を装い語りかけた。「どう、調子は?」「まあまあかな」「まあまあならいいさ」「そういえば前より痩せただろう」。一瞬の躊躇を悟られぬよう、私は嘘で間を埋める。「そうか?気が付かなかったよ」。彼は微笑んだ。‥‥‥布団から出ている細くなりすぎた彼の足から目を逸らし、‥‥‥私はいつまでも平静を装った。

とその場の情景と心情を書いています。

 頁を追って読むのではなく、適当に開いた頁から読むということを繰り返し、読了しました。
 最後に読んだのは「本当だ太宰も安吾も濁音だ」。