贈られた書籍の処分
麻(2026年7月22日)
書庫の一部に先輩や同僚から頂戴した書籍を収納しているスペースがあります。納められている書籍は市販のものもあり私家版(自費出版)のものもあります。いずれの図書もその内容よりもその著者と私との関わり合いを示すものであり、大事にとってあります。
これらの書物は書物の処分に際しての“治外法権”的な立場にあり、今までは私の頭の中では「当然に残すべきもの」の範疇に入っていました。
これらの書物は書物の処分に際しての“治外法権”的な立場にあり、今までは私の頭の中では「当然に残すべきもの」の範疇に入っていました。
しかし、私自身が自ら購入したいろんな思い出のある書物の処分を始めている現在、これらの書物も“治外法権”的な立場から取り出して、処分する必要があるのでは、と思い始めました。なによりもこれらの著者の多くの方は既にお亡くなりになっており、「もうお目にかかってお話をすることもない、お話しすることもできない」著者です。そこでこれらは目を瞑って一括処分することとしました。とこう書きつつも例外を一つ設けたくなりました。それは私が書いたある文章を引用し、激賞して下さっている語句が書かれている本です。それを知った当時はとても嬉しく思ったことです。その思い出を残したく思ったのですが、このようなことを考えると処分が進みません。「例外は一切なし」と改めて心に言い聞かせて処分作業を続けました。
これらの処分によって空いたスペースはそれほどではありません。しかし、そのスペースが無くなったことにより、一つ前に進むという心構えが出来、今後の処分が加速されることを自らの心の中で強く期待しています。
次の処分候補はどのような切り口で選ぼうか、著者名で選ぶか、取り扱われているテーマで選ぶか、書棚の飾りになっている幾つかある全集の中から一つか二つを対象とするか、読むのに苦労するような小さな活字の本を対象にしようか、この欄で取り上げた本を処分しようか(この欄で取り上げた本は、かなりの数になりますが、未だにその全てを保存しています)、いろいろ考えていますが、思考は止まっています。