本を読む姿
息子が幼稚園の頃だったろうか。急いでトイレに入ったかと思うと、何分経っても出てくる様子はない。
「調子が悪いのだろうか、下痢でもしているのだろうか、それとも出なくて苦しんでいるのだろうか」
扉の前で様子を伺うけど、何の悲鳴もない。時折、小さい音がする。時間が経つにつれて、心配が募った。
「何かあったの?どうした?あけるよ」
一応の断りを入れて、戸を小さくそっと開ける。そこには、便座蓋の上に座って本を読んでいる息子の姿があった。
誰にも邪魔されない個室空間は、息子にとって最良の読書室だったのか。しばらくして、水音が聞こえたと思うと、本を抱えた息子がすっきりさわやかな顔で出てきた。これは、何度も続いた。
友人宅にお邪魔してトイレを借りると、トイレの横に本棚があり、何冊も置いてある家がある。「読書はトイレで…」のお仲間なんだろう。
それ以来。息子はどんな姿で本を読むかが興味関心ごとになった。
床に座り込んで、左片足を曲げて膝を抱え込んで読む。右手で本をめくりながら、時々お菓子もつまむ。こういう時は、図書館で借りてきた本は禁止だ。お菓子のくずが本の上に散らばり、油菓子の時は、紙面があぶらじむ。
ソファーに寝転んで、右に左に身体を傾けて読むのは、文庫本の時である。やはり、堅い本となるときちんと机の上において椅子に座っての読書。
本を横に置いて読みながらの食事は、料理を作る方としてはうれしくない。それは、喫茶店でやって欲しいと苦情を言ったこともある。こういう時は、雑誌が多い。
息子に限らず、本に夢中になっている人のまわりには、大きなカプセルがあるといつも思う。自分の世界の中に浸り込んで、誰にも邪魔されない空気をまとっているようだ。
高校時代のクラスメートで読書好きの女性がいた。校舎と校舎の間は、芝生や木がいっぱいで公園のようだった。彼女は、弁当を一人で食べて、終わると必ず読書をした。
姿勢を正して読みふける姿は、近寄りがたかった。大きなカプセルがここにもあった。
読書の姿で一つ気になっているのが、学校の正門前に置かれている「二宮尊徳の像」である。
「勉強が好きだったのよ。仕事の合間にも本を読んでたの」と小学校の時に立派な人として教えられた。が、「それって大丈夫ですか?転んだりしませんか?」と質問したかったが、自分の愚かさを出すようで止めたことがある。
息子の本を読む姿の中には、二宮尊徳流はなかった。
「調子が悪いのだろうか、下痢でもしているのだろうか、それとも出なくて苦しんでいるのだろうか」
扉の前で様子を伺うけど、何の悲鳴もない。時折、小さい音がする。時間が経つにつれて、心配が募った。
「何かあったの?どうした?あけるよ」
一応の断りを入れて、戸を小さくそっと開ける。そこには、便座蓋の上に座って本を読んでいる息子の姿があった。
誰にも邪魔されない個室空間は、息子にとって最良の読書室だったのか。しばらくして、水音が聞こえたと思うと、本を抱えた息子がすっきりさわやかな顔で出てきた。これは、何度も続いた。
友人宅にお邪魔してトイレを借りると、トイレの横に本棚があり、何冊も置いてある家がある。「読書はトイレで…」のお仲間なんだろう。
それ以来。息子はどんな姿で本を読むかが興味関心ごとになった。
床に座り込んで、左片足を曲げて膝を抱え込んで読む。右手で本をめくりながら、時々お菓子もつまむ。こういう時は、図書館で借りてきた本は禁止だ。お菓子のくずが本の上に散らばり、油菓子の時は、紙面があぶらじむ。
ソファーに寝転んで、右に左に身体を傾けて読むのは、文庫本の時である。やはり、堅い本となるときちんと机の上において椅子に座っての読書。
本を横に置いて読みながらの食事は、料理を作る方としてはうれしくない。それは、喫茶店でやって欲しいと苦情を言ったこともある。こういう時は、雑誌が多い。
息子に限らず、本に夢中になっている人のまわりには、大きなカプセルがあるといつも思う。自分の世界の中に浸り込んで、誰にも邪魔されない空気をまとっているようだ。
高校時代のクラスメートで読書好きの女性がいた。校舎と校舎の間は、芝生や木がいっぱいで公園のようだった。彼女は、弁当を一人で食べて、終わると必ず読書をした。
姿勢を正して読みふける姿は、近寄りがたかった。大きなカプセルがここにもあった。
読書の姿で一つ気になっているのが、学校の正門前に置かれている「二宮尊徳の像」である。
「勉強が好きだったのよ。仕事の合間にも本を読んでたの」と小学校の時に立派な人として教えられた。が、「それって大丈夫ですか?転んだりしませんか?」と質問したかったが、自分の愚かさを出すようで止めたことがある。
息子の本を読む姿の中には、二宮尊徳流はなかった。