子ども雑誌の思い出

子ども雑誌の思い出

まっしゃん(2016年7月20日)

 家は、本当に貧しかった。
 職業軍人だった父親は、私が小学校1年の時に亡くなった。それまで、軍人の家としてそれなりの生活をしていた我が家は、敗戦それに続く父親の死と共にどん底へ落ちた。
 母親は、自宅でお茶・雑貨の小売り店を開く。私は、店番の手伝いをして母を助けた。たまにやってくるお客に、ぼそぼそと対応した。多くは、店の片隅でじっとしている子どもだった。
 そんな私に、母親はどうやりくりをしたのか、月に一度の子ども雑誌「小学○年生」を買うことを許してくれた。小銭を握って、自分で本屋に行った。蚊の鳴くような声で、本を求めた。気の弱い私は、外に行って人と話すことなどやりたくないことだった。が、本を買えるという喜びは、声を出す勇気を与えてくれた。
 買うと一日で全部読み切った。毎日、何度もめくって読んだ。おもしろくないページも活字に浸ることが喜びだった。
 年を追うごとに雑誌は成長した。が、私の消極的な部分は、一向に成長せず、小銭を抱えて最低限の言葉を発して店に通い続けた。
 雑誌は、私に活字から導かれる力を与えてくれた。その学年で習うよりもっと難しい漢字が読めるようになり、語彙も豊かになった。雑誌の値段以上の学びを我が身にもたらしてくれたと思っている。学校で習う内容は、とっくに雑誌で身につけていた。
 昭和30年代前半の頃、田舎の町に図書館があったか、記憶にない。学校に図書室があった記憶もない。あったとしても、気の弱い私が「借りる」という行動に出たかは疑わしい。
 よく「読書は、子どもに学力を付ける」と言われるが、私が読み続けた月に一冊の雑誌でも、大いに力を付けるものだと確信している。ただ、必要なのは、自ら求める姿勢があるかどうかによるだろうが。
 こんな弱い気持ちの私だったが、成人した頃には、人前で一応は堂々と話せる自分になった。今では、大人数の前で歌も歌っている。人間は変わるものだとつくづく思う。