図書館あれこれ
「図書館」という言葉をキーワードに三つの記憶に残っている文章や発言を書き連ねる。
一つ目は、会社を離れたばかりの人が書いた文章である。「平日の図書館に行って気圧されました。新聞、雑誌コーナー近くの座席は『常連さん』専用のような雰囲気があり、新入りには近寄りがたい感じです」と自宅近くの図書館に初めて行ったときの印象を書いていた。
この人物は周辺の図書館にも足を延ばし「私が学生の頃と違ってどこの図書館もずいぶん立派です」と書き、「隣のA市の図書館は広々としており『新入り』にも居場所がありそうです。雁行して独立したブースが用意されていて、マイペースで時間を過ごせます」と続け、「私の地元ほどは地域の高齢化が進んでいないのでこうした雰囲気が保たれているのでしょう」と自己の考えを述べている。
「常連さん」でもなく、さりとて「新入り」でもない私であるが、この人物の感想はよく理解できる。
二つ目は長年の友人である読書家の何人かの発言である。彼らは「自分の読みたい本を注文すると、図書館が買ってくれる。新聞の書評欄で気になった本をリストアップし、それを図書館に買ってもらう」と言う。
私は、この発言を聞いたときには特にコメントというか反応はしなかったが、何となく違和感というか気になる発言だと思ったことである。自らの蔵書に加える程度の本ではないが、一応読んでみたいというような本を図書館に買ってもらっているのだろうと推測したが…。
それとも、書物の整理を含めていわゆる「老前整理」を始めているので、これ以上蔵書が増えるのを躊躇するという気持ちがこのような行動を取らせるのだろうか。あるいはもっと実利的、現実的に自らの小遣いの効果的、効率的配分(?)を狙っているのか。
これら友人たちが選び「図書館に注文する」本は、友人たちのこの行動がなくても図書館が当然購入するような書物だろうから、特に気にすることもないのだろうか。
三つ目はある学者の公共図書館についての文章である。「日本にある公共図書館というものは、占領政策の一環として造られた。アメリカでは大きな町でない限り住居の近くに書店がなく、住民サービスの一環として町に公共の図書館を造った。日本では小さな町であっても書店があったが、このことを知らない進駐軍がアメリカと同じように考えて町に公共図書館を造ることとした」と書いていた。30数年前に読んだ書物の中に書かれていたが、確かこのような趣旨の文章だった。
この文章の真偽はともかく、2014年の日本図書館協会の統計をみると、ほとんど全ての市区、半数超の町村で図書館が設置されている。
どのような内容・規模のものであれ図書館の存在そのものに意味があるとは思うが、多くの住民が積極的に利用・活用できるような図書館とするには、それなりの予算を始め、その組織を管理・運営する有能かつ大きな志と夢を持った人材、さらには考え方・意見はそれぞれであろうが、それを利用する人びとが不断に「図書館に関心を持つ」ことも必要だろう。
一介の老人はこのようなことを思いつつ、散歩の途中で図書館を訪れては、その時々の気分に従って何冊かの書物を借り出している。
一つ目は、会社を離れたばかりの人が書いた文章である。「平日の図書館に行って気圧されました。新聞、雑誌コーナー近くの座席は『常連さん』専用のような雰囲気があり、新入りには近寄りがたい感じです」と自宅近くの図書館に初めて行ったときの印象を書いていた。
この人物は周辺の図書館にも足を延ばし「私が学生の頃と違ってどこの図書館もずいぶん立派です」と書き、「隣のA市の図書館は広々としており『新入り』にも居場所がありそうです。雁行して独立したブースが用意されていて、マイペースで時間を過ごせます」と続け、「私の地元ほどは地域の高齢化が進んでいないのでこうした雰囲気が保たれているのでしょう」と自己の考えを述べている。
「常連さん」でもなく、さりとて「新入り」でもない私であるが、この人物の感想はよく理解できる。
二つ目は長年の友人である読書家の何人かの発言である。彼らは「自分の読みたい本を注文すると、図書館が買ってくれる。新聞の書評欄で気になった本をリストアップし、それを図書館に買ってもらう」と言う。
私は、この発言を聞いたときには特にコメントというか反応はしなかったが、何となく違和感というか気になる発言だと思ったことである。自らの蔵書に加える程度の本ではないが、一応読んでみたいというような本を図書館に買ってもらっているのだろうと推測したが…。
それとも、書物の整理を含めていわゆる「老前整理」を始めているので、これ以上蔵書が増えるのを躊躇するという気持ちがこのような行動を取らせるのだろうか。あるいはもっと実利的、現実的に自らの小遣いの効果的、効率的配分(?)を狙っているのか。
これら友人たちが選び「図書館に注文する」本は、友人たちのこの行動がなくても図書館が当然購入するような書物だろうから、特に気にすることもないのだろうか。
三つ目はある学者の公共図書館についての文章である。「日本にある公共図書館というものは、占領政策の一環として造られた。アメリカでは大きな町でない限り住居の近くに書店がなく、住民サービスの一環として町に公共の図書館を造った。日本では小さな町であっても書店があったが、このことを知らない進駐軍がアメリカと同じように考えて町に公共図書館を造ることとした」と書いていた。30数年前に読んだ書物の中に書かれていたが、確かこのような趣旨の文章だった。
この文章の真偽はともかく、2014年の日本図書館協会の統計をみると、ほとんど全ての市区、半数超の町村で図書館が設置されている。
どのような内容・規模のものであれ図書館の存在そのものに意味があるとは思うが、多くの住民が積極的に利用・活用できるような図書館とするには、それなりの予算を始め、その組織を管理・運営する有能かつ大きな志と夢を持った人材、さらには考え方・意見はそれぞれであろうが、それを利用する人びとが不断に「図書館に関心を持つ」ことも必要だろう。
一介の老人はこのようなことを思いつつ、散歩の途中で図書館を訪れては、その時々の気分に従って何冊かの書物を借り出している。