図書館でビデオテープを借りた
図書館には書籍や雑誌、新聞だけでなく「ビデオテープ、カセットテープやCD、DVDの類も貸出用に準備されている」ということを知ったのは、数年前だった。どのようなテープやディスクがあるのだろう、と興味本位で棚やリストを眺めたところ、ビデオテープでは子供向けの映画や世界遺産を紹介するようなものが目に付いた。古い日本映画や外国映画もあったように覚えているが、具体的なタイトルは思い出せない。カセットテープやCDではちょっと古い歌謡曲、イージーリスニングやクラシック音楽に加えて最近はやりの若手歌手のものもあったようだ。そうそう、名人と謳われた故人の落語家や講釈師の全集などもあった。
声優や俳優が朗読する詩集のカセットテープがあったので、興味本位で室生犀星と金子みすゞを借り出したが、これは失敗だった。朗読が下手というのではないが、今まで私が作り上げてきたイメージが壊されるように思ったのだ。
この発見(?)のしばらく後に、ポーランド旅行に行くことになった。このとき、何の脈絡もなく「ワルシャワ蜂起」に関連して幾つかの映画が作られた筈だ、いいチャンスなので勉強も兼ねて見てみよう、と思った。図書館のデータベースで検索すると、「戦場のピアニスト」のDVD、「地下水道」と「灰とダイヤモンド」のVHSテープがあることが解った。幸い、我が家にはVHSテープの再生装置が組み込まれた古いブラウン管テレビが捨てずに残されていた。
ここで映画の感想を述べるのは差し控えるが、DVD化されている比較的最近の映画はともかく、50数年前に話題になった古い映画が保存され、貸し出されているのには、二つの意味で、少し驚いた。その一つはその当時の話題作がきっちりと保存されていたことであり、その二つは同じ保存をするならどうしてDVD化(あるいはブルーレイ化)されたものに置き換えないのか、ということである。予算の都合なのだろうが、時の経過により多くの家庭では、段々とVHSテープの再生ができなくなるだろう。
昔あった貸本屋と図書館を比較したコメントは見たことがあるが、DVDや各種のテープとの関係でこれらのレンタル業者との比較はどうなっているのだろう。そもそも比較の対象にはならないのかも解らない。このような事を思いつつ、これも興味本位で我が市の図書館のこれら視聴覚資料の所蔵数を調べて見た。
公開されている統計資料によると所蔵数は図書の約15%強の六万強であり、毎年千数百点が受け入れられている。人口35万強の都市として多いのか少ないのかよく解らないが、データではこうなっていた。
これら視聴覚資料について専門家の間でどのような議論がなされているのかは全く知らないが、障害者に対する配慮や高齢化社会を考えた場合、一般論として、大きな文字の書籍とともにこれら視聴覚資料の割合は増える方向に行くのではないか、と単純に考えたことである。
声優や俳優が朗読する詩集のカセットテープがあったので、興味本位で室生犀星と金子みすゞを借り出したが、これは失敗だった。朗読が下手というのではないが、今まで私が作り上げてきたイメージが壊されるように思ったのだ。
この発見(?)のしばらく後に、ポーランド旅行に行くことになった。このとき、何の脈絡もなく「ワルシャワ蜂起」に関連して幾つかの映画が作られた筈だ、いいチャンスなので勉強も兼ねて見てみよう、と思った。図書館のデータベースで検索すると、「戦場のピアニスト」のDVD、「地下水道」と「灰とダイヤモンド」のVHSテープがあることが解った。幸い、我が家にはVHSテープの再生装置が組み込まれた古いブラウン管テレビが捨てずに残されていた。
ここで映画の感想を述べるのは差し控えるが、DVD化されている比較的最近の映画はともかく、50数年前に話題になった古い映画が保存され、貸し出されているのには、二つの意味で、少し驚いた。その一つはその当時の話題作がきっちりと保存されていたことであり、その二つは同じ保存をするならどうしてDVD化(あるいはブルーレイ化)されたものに置き換えないのか、ということである。予算の都合なのだろうが、時の経過により多くの家庭では、段々とVHSテープの再生ができなくなるだろう。
昔あった貸本屋と図書館を比較したコメントは見たことがあるが、DVDや各種のテープとの関係でこれらのレンタル業者との比較はどうなっているのだろう。そもそも比較の対象にはならないのかも解らない。このような事を思いつつ、これも興味本位で我が市の図書館のこれら視聴覚資料の所蔵数を調べて見た。
公開されている統計資料によると所蔵数は図書の約15%強の六万強であり、毎年千数百点が受け入れられている。人口35万強の都市として多いのか少ないのかよく解らないが、データではこうなっていた。
これら視聴覚資料について専門家の間でどのような議論がなされているのかは全く知らないが、障害者に対する配慮や高齢化社会を考えた場合、一般論として、大きな文字の書籍とともにこれら視聴覚資料の割合は増える方向に行くのではないか、と単純に考えたことである。