文体模倣
どれを読んでも面白い。どこから読んでも面白い。
昭和 52年8 月株式会社話の特集から発行されたこの本「倫敦巴里」をメールマガジンの「蔵出し一冊」欄で紹介してくれた図書館員はどのような人なのだろう。著者は 2019年10 月に亡くなった和田誠。
特に私が気に入ったのは川端康成の「雪国」の有名な冒頭部分「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」で始まる400字弱の文章をいろんな作家の文体を模倣して書かれたパロディ(戯作)である。
昭和 52年8 月株式会社話の特集から発行されたこの本「倫敦巴里」をメールマガジンの「蔵出し一冊」欄で紹介してくれた図書館員はどのような人なのだろう。著者は 2019年10 月に亡くなった和田誠。
特に私が気に入ったのは川端康成の「雪国」の有名な冒頭部分「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」で始まる400字弱の文章をいろんな作家の文体を模倣して書かれたパロディ(戯作)である。
雪国の長いトンネル。そこを抜けると雪国の筈だった。信号所に汽車が止まる。どこからともなく一人の娘が立って来て、エヌ氏の前の窓を開けた。なまぬるい空気が流れ込んだ。娘は窓からからだを乗りだして叫ぶ。
「駅長さーん、駅長さーん」
明かりをさげてやって来た男は、おどろいたことに顔も手足も緑色だった。(以下省略)
「駅長さーん、駅長さーん」
明かりをさげてやって来た男は、おどろいたことに顔も手足も緑色だった。(以下省略)
この文章はショートショートの名手の星新一の文体をまねたものである。
星新一の文体模倣にも感心したが、次の三つも楽しく読んだ。順に池波正太郎、田辺聖子、司馬遼太郎の文体を模倣した文章である。私が感じていたそれぞれの特徴をよく掴んだ文章であると驚きかつ感心して読んだことである。
星新一の文体模倣にも感心したが、次の三つも楽しく読んだ。順に池波正太郎、田辺聖子、司馬遼太郎の文体を模倣した文章である。私が感じていたそれぞれの特徴をよく掴んだ文章であると驚きかつ感心して読んだことである。
それは……。
文筆家・島村が、再び〔湯沢温泉〕を訪れるための汽車の旅であったが、〔国境〕の長いトンネルを抜けると、(あっという間に……)そこは〔雪国〕であった。
信号所に汽車が止まった。外を眺めると、バラックが山裾に寒々と散らばって、(雪の色が闇に呑まれるような……)夜であった。
その時。向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。
「ああ……実に、さわやかな……」
おもわず口にのぼせて、島村は胸いっぱいに窓から流れ込む雪の冷気を吸い込んだ。この白い夜の底は、(やはり、東京とは大分ちがう)のである。
娘は窓いっぱいに乗り出して呼んだ。
「駅長さあん、駅長さあん」
やや甲高い声であった。と……。
襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂らした男が、雪を踏んで近づいて来た。
文筆家・島村が、再び〔湯沢温泉〕を訪れるための汽車の旅であったが、〔国境〕の長いトンネルを抜けると、(あっという間に……)そこは〔雪国〕であった。
信号所に汽車が止まった。外を眺めると、バラックが山裾に寒々と散らばって、(雪の色が闇に呑まれるような……)夜であった。
その時。向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。
「ああ……実に、さわやかな……」
おもわず口にのぼせて、島村は胸いっぱいに窓から流れ込む雪の冷気を吸い込んだ。この白い夜の底は、(やはり、東京とは大分ちがう)のである。
娘は窓いっぱいに乗り出して呼んだ。
「駅長さあん、駅長さあん」
やや甲高い声であった。と……。
襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂らした男が、雪を踏んで近づいて来た。
国境の長いトンネルを抜けると、雪国だった。夜の底が白くなり、汽車が止まったところは信号所である。
島村はそんなにはやっているというのでもない作家であるが、それでも地方新聞にこんど連載小説を書くことになったのだ。その取材をするため、雪国にやってきたのである。
(えらいさぶいなあ・・・)と島村は思った。それは前の席に坐っていた娘が、窓を下におとしたからである。
「駅長はあん、駅長はあん」と娘が遠くへ叫ぶ。島村は外をみた。鉄道の官舎らしいバラックがぽつぽつとあり、山裾には濃い闇がひろがっているだけだった。雪が風に吹かれて天空に流れている。(以下省略)
島村はそんなにはやっているというのでもない作家であるが、それでも地方新聞にこんど連載小説を書くことになったのだ。その取材をするため、雪国にやってきたのである。
(えらいさぶいなあ・・・)と島村は思った。それは前の席に坐っていた娘が、窓を下におとしたからである。
「駅長はあん、駅長はあん」と娘が遠くへ叫ぶ。島村は外をみた。鉄道の官舎らしいバラックがぽつぽつとあり、山裾には濃い闇がひろがっているだけだった。雪が風に吹かれて天空に流れている。(以下省略)
島村を乗せた汽車がトンネルを出たのは七時四十分である。そこは雪国であった。
トンネルは群馬と新潟の県境にある。大正十一年から昭和六年にかけて作られた。長さは九七〇二メートルである。
(夜の底が白くなった)と島村には感じられる。信号所に汽車が止まった。婦人が立ち上がって、窓を開けた。島村は、途上、窓ガラスに映る婦人の横顔を観察している。
――うつくしい。と、その時おもった。婦人は窓に乗り出して、「駅長さあん」と叫んだ。駅長と呼ばれた男は、明かりを下げ、雪を踏んで近づいてきた。(以下省略)
トンネルは群馬と新潟の県境にある。大正十一年から昭和六年にかけて作られた。長さは九七〇二メートルである。
(夜の底が白くなった)と島村には感じられる。信号所に汽車が止まった。婦人が立ち上がって、窓を開けた。島村は、途上、窓ガラスに映る婦人の横顔を観察している。
――うつくしい。と、その時おもった。婦人は窓に乗り出して、「駅長さあん」と叫んだ。駅長と呼ばれた男は、明かりを下げ、雪を踏んで近づいてきた。(以下省略)
「倫敦巴里」では、このような調子で「雪国」の冒頭部分を 32 人の作家の文体で模写している。笑いながらそして舌を巻きながら楽しんだ。
この文章を書きながら、これだけ引用部分が多いとこの文章自体が著作権侵害問題を惹起するのではとちょっと心配している。
この文章を書きながら、これだけ引用部分が多いとこの文章自体が著作権侵害問題を惹起するのではとちょっと心配している。