「大好きな町に用がある」

「大好きな町に用がある」

啓(2023年10月18日)

 何を借りようという当てもなく図書館でエッセイの棚をのんびりと眺めていると角田光代という名が目に入った。この名前は彼女が直木賞を受賞した時に新聞に書いていた謝辞によって記憶している。素直ないい文章、人柄を表しているような文章だと思って感心して読んだことを覚えている。
 借出した本は「大好きな町に用がある」(株式会社スイッチ・パブリッシング)という5~6頁ほどのエッセイが集められたものであった。
 若かりし頃に訪れた外国の土地や、かつて取材で訪れた国内外の町について書いているが、タイトルに選ばれた「大好きな町」とはタイのバンコクであり、どれほど好きかということを

 ラオスにいくのにタイを経由したり、マレーシアに行くのにタイから入ったり、タイの、それまでいったことのない島を訪ねたりした。私のパスポートにあまりにもタイの出入国スタンプが多いので(しかも陸海空とさまざまに)、何かよからぬ目的があるのではないかと疑われ、成田空港の税関で荷物を全部調べられたことがある。下着の入った袋や、化粧ポーチまで開けて調べながら、「なんでこんなにタイの出入りが多いの」と税関の人に無愛想に聞かれた。「好きだからです」と答えたが、納得はしてもらえないようだった。

と書いている。
 そして「用がある」とはボクシング小説に関連してのムエタイやそのジムの取材だった。著者はムエタイスタジアムの話だけではなく、「はたしてこの先に何があるのかと不安になるような細い路地をずっと入った先にある」ムエタイジムや「バイクタクシーの人が周辺の人に訊きまわって何とかたどり着ける」ようなジムを幾つも探して取材をした。普通だったら「地獄の底にへばりついたように絶望するのだが、そんなことも苦にならなかった。取材がたのしかったのではなくて、タイにいることがただひたすらにうれしかったのだと思う。しかもタイに『用がある』ということが」と述べている。
 国内外の旅や訪れた町について若かりし頃の著者の見方、考え方、思い出がいろんな切り口で描写されている。
 私が面白くそして納得して読んだのは、「ブノンペン発、シアヌークビルいき(「行」ではなく「いき」とあった」の中に書かれた一文だった。
 そこでは「もしこのバスに何かあったら……人里離れた場所でエンストしたら、大雨が降って先へもいけずあとへも戻れなくなったら……私はこのバスに乗っている人たちと協力してかんばらなければならないのだ、と思う」と書いている。確かに「たまたまその日、その時間、そのバスに乗り合わせただけの、なにも起きなければ、言葉を交わすことも再会することもない人たち」であっても多分、必然的にそれぞれの知識、経験や腕力を総動員して困難に立ち向かうだろう。
「再訪の旅」では 2016 年のヤンゴン再訪の旅での感想が「希望だ、と思った。この町の人たちは今希望を持っている。見ていておもしろいほどはっきりわかる」と町の人たちの行動を書き、16年前のミャンマーの首都ヤンゴンを「なんにもない」と言う形容がぴったりの町だったという見方を改めている。(注:これは 2021 年のミャンマークーデターの前の話である)
 そして「地図と私」の項では「ロンリープラネット」や「地球の歩き方」について述べる一方で、最近の「お洒落で可愛い」ガイドブックにも言及し「しかし実際の旅にこのガイドブックを持っていくと、不便この上ない」と私と同じ感想を書く。ただ「ガイドブックの名誉のためにいえば、それは本のせいではなくて私のせいだ」と大人の対応をしている。
 気楽に読んだが、ところどころにさりげなく書かれたハッと思い当たる言葉や文章があり、ポストイットを張り付ける代わりに該当ページに細く切った紙を挟みながらの読書となった。これは今は亡き先輩の真似である。