募金・寄付あるいはDonation
辞書によると、募金とは「寄付金をつのること」、寄付とは「公共事業または社寺などに金銭・物品を贈ること」とある。Donationとは「寄付、寄贈」を意味する。
私はどうもこの寄付やDonationを上手くできない。ケチなのかどうか、定められた金額ならキッチリと支払うのだが、支払うか否かを決め、支払うとした場合に自らが額を決めて支払うという行為はなかなかスマートにできない。
寄付という言葉から、私が通っていた中高一貫校の老校長を思い出す。当時、学校にはいろんな団体から寄付をして欲しいという要請がなされていたようだった。あるときの朝礼で校長は次のような話をされた。
「学校にはいろんな団体から寄付をして欲しいという依頼があるが、私は一つの依頼を除き全て断っている。唯一の例外はこれから話す『らい病』(当時はこのように呼ばれていた。現在のハンセン病である)への寄付である」としてこの病気についての詳細と当時の社会での患者の扱いを話され、生徒として寄付をするようにと促された。私はこのときの朝礼の話からこの病気について知り、小遣いの中から寄付をした。
赤い羽根募金については、私たちの結婚の仲人をしてくださった老婦人が駅前に立っておられたときは、幾ばくかの金員を箱に入れていたが、女学生などが並んで頭を下げている列を前にすると、なんとなく違和感を覚え足早に通り過ぎるのが例であった。赤い羽根その他の募金については町内会では会費の中から一定額を会として寄付していると妻が教えてくれた。
Donationで思い出すのは、欧米の美術館の入場料である。妻との英国旅行の際にフェルメールを見るべく訪れた英国ナショナル・ギャラリーやロンドン郊外のケンウッド・ハウスでは入場料は規定されておらずDonationとされていた。周りの人達の行動を眺め、結果的には無料で入場することになった。
かつて米国出張の際に空き時間を利用して訪れたニューヨークのメトロポリタン美術館では当時 Suggested Donation(推奨寄付額)として US$15だったか US$20 が表示されていた。私にとっては suggestされた方が支払いやすい。
寄付については、日本ファンドレイジング協会発行に係る「寄付白書 Giving Japan2021」という書物がある。
ここでは寄付を「自分自身や家族のためではなく、募金活動や社会貢献等を行っている人や団体に対して、金銭や金銭以外の物品(衣料品、食料品、医療品、クレジットカードのポイント、不動産など)を自発的に提供する行為」と定義し、いろんなデータを提供している。
政治献金やふるさと納税も寄付に含まれているのにはちょっと違和感を覚えるが、同協会は寄付に含むとしている。
そして同協会が実施した2020年全国寄付実態調査の結果では、寄付を行った人は44,1%となっている。半数近くの人が何らかの形で寄付をしている。そして寄付の平均金額は37,657円である。
寄付の動機・きっかけとしては「関心があったから」「毎年のことだから」「自治会や町内会が集めに来たから」「税の優遇措置があったから」などである。
個人寄付総額は日本が1兆2,126億円であるのに対し、アメリカは 34兆5,948億円(1ドル106.7円換算)で、人口を計算に入れても極めて多い。
このようなデータを眺めながら「法隆寺が、境内の整備費用捻出のため始めたクラウドファンディングでは目標額(2,000万円)の7倍を超える1億4,600万円余りが集まっていたなあ」「私の元上司の未亡人も『国境なき医師団』への遺贈を遺書に書かれたなあ」などと寄付あるいはDonationについて思ったことである。
私はどうもこの寄付やDonationを上手くできない。ケチなのかどうか、定められた金額ならキッチリと支払うのだが、支払うか否かを決め、支払うとした場合に自らが額を決めて支払うという行為はなかなかスマートにできない。
寄付という言葉から、私が通っていた中高一貫校の老校長を思い出す。当時、学校にはいろんな団体から寄付をして欲しいという要請がなされていたようだった。あるときの朝礼で校長は次のような話をされた。
「学校にはいろんな団体から寄付をして欲しいという依頼があるが、私は一つの依頼を除き全て断っている。唯一の例外はこれから話す『らい病』(当時はこのように呼ばれていた。現在のハンセン病である)への寄付である」としてこの病気についての詳細と当時の社会での患者の扱いを話され、生徒として寄付をするようにと促された。私はこのときの朝礼の話からこの病気について知り、小遣いの中から寄付をした。
赤い羽根募金については、私たちの結婚の仲人をしてくださった老婦人が駅前に立っておられたときは、幾ばくかの金員を箱に入れていたが、女学生などが並んで頭を下げている列を前にすると、なんとなく違和感を覚え足早に通り過ぎるのが例であった。赤い羽根その他の募金については町内会では会費の中から一定額を会として寄付していると妻が教えてくれた。
Donationで思い出すのは、欧米の美術館の入場料である。妻との英国旅行の際にフェルメールを見るべく訪れた英国ナショナル・ギャラリーやロンドン郊外のケンウッド・ハウスでは入場料は規定されておらずDonationとされていた。周りの人達の行動を眺め、結果的には無料で入場することになった。
かつて米国出張の際に空き時間を利用して訪れたニューヨークのメトロポリタン美術館では当時 Suggested Donation(推奨寄付額)として US$15だったか US$20 が表示されていた。私にとっては suggestされた方が支払いやすい。
寄付については、日本ファンドレイジング協会発行に係る「寄付白書 Giving Japan2021」という書物がある。
ここでは寄付を「自分自身や家族のためではなく、募金活動や社会貢献等を行っている人や団体に対して、金銭や金銭以外の物品(衣料品、食料品、医療品、クレジットカードのポイント、不動産など)を自発的に提供する行為」と定義し、いろんなデータを提供している。
政治献金やふるさと納税も寄付に含まれているのにはちょっと違和感を覚えるが、同協会は寄付に含むとしている。
そして同協会が実施した2020年全国寄付実態調査の結果では、寄付を行った人は44,1%となっている。半数近くの人が何らかの形で寄付をしている。そして寄付の平均金額は37,657円である。
寄付の動機・きっかけとしては「関心があったから」「毎年のことだから」「自治会や町内会が集めに来たから」「税の優遇措置があったから」などである。
個人寄付総額は日本が1兆2,126億円であるのに対し、アメリカは 34兆5,948億円(1ドル106.7円換算)で、人口を計算に入れても極めて多い。
このようなデータを眺めながら「法隆寺が、境内の整備費用捻出のため始めたクラウドファンディングでは目標額(2,000万円)の7倍を超える1億4,600万円余りが集まっていたなあ」「私の元上司の未亡人も『国境なき医師団』への遺贈を遺書に書かれたなあ」などと寄付あるいはDonationについて思ったことである。