飛び地の町“バールレ・ナッサウ
緯度を基準に考えた場合、アラスカを除くアメリカ合衆国と沖ノ鳥島を考慮した日本とは大体同じ範囲にあるのだなあ、東京とアテネはほぼ同じような緯度にあるんだなあ、ロンドンやパリは北海道の遥か北に位置するのかと「大きな文字の地図帳」(帝国書院)をぼんやり眺めながら、日本と世界の幾つかの国、日本の都市と世界の幾つかの都市の所在地の緯度について考えていた。
その後「そういえば、アラスカはアメリカの飛び地だなあ」と考えが飛び地に移った。世界には幾つかの飛び地がある。ポーランドとリトアニアに挟まれたカリーニングラードはロシアの飛び地であり、ドブロブニクはボスニアヘルツェゴビナにより隔てられたクロアチアの飛び地である(下記注)。また、テレビの旅行番組でよく紹介されるイベリア半島の南東端に突き出した小半島のジブラルタルもイギリスの飛び地である。
そもそも飛び地とはどのような土地のことを言うのだろう、国単位での飛び地の定義はどのようなものなのだろう、これらについて考えてみた。
国単位での飛び地の定義としては「他国の領土によって本土から隔絶された場所」というのが考えられる。これには2種類ありそうだ。一つは周囲の全てを他国に囲まれた内国の飛び地であり、もう一つは陸上では他国の領土によって本国から隔絶されているが、海に面している飛び地である。前者は外国領地を通らなければ本国に行けないが、後者は海上交通機関を使い領海から公海へ出ることにより他国の領土を通過することなく本国に行くことができる場合もある。航空機を使えばいずれの場合でも他国の領土を通過することなく本国へ行くことができそうだが、領空問題も考えなければならないだろう。やはり2つのケースに分けて考える必要がありそうだ。と理屈っぽいことを考えた。
バールレ・ナッサウという町は「オランダ領の中にベルギーの飛び地があって、その中にオランダの飛び地がある」と紹介される。この町は「愉快な飛び地の町」として観光地にもなっている場所だそうだ。
具体的には、ベルギーとの国境に近いオランダ領内に 21 ヶ所のベルギーの飛び地があって、その中に7ヶ所のオランダ領の「飛び地の中の飛び地」がある。また近くのベルギー領内にもオランダの飛び地が1ヶ所あるという。バールレ・ナッサウ(オランダ側)の人口は約 6,000 人、バールレ・ヘルトフ(ベルギー側)の人口は約 2,000 人だそうだ。なお、家の中を国境線が通っている場合は、その家の住民全員が正面玄関がある方の国民ということになっているという。
私がこの事実を知ったのは何年か前にたまたま見た BS11 チャンネルの「世界の国境を歩いてみたら…」という番組からだった。
この番組では万里紗と紹介された女優が国境ハンターとして、ベルギー・オランダの東西約 400 キロメートルの国境に立てられた 350 本のポールを辿り西から東へ歩いて行った。その途中にバールレ・ナッサウがあり、そこで彼女はいろんな経験をし、いろんな知識を得たという訳である。
面白い町であるようだ。この町を観光で訪れた人のブログ「飛び地天国」を読んだが、そこには次のように書かれていた。
その後「そういえば、アラスカはアメリカの飛び地だなあ」と考えが飛び地に移った。世界には幾つかの飛び地がある。ポーランドとリトアニアに挟まれたカリーニングラードはロシアの飛び地であり、ドブロブニクはボスニアヘルツェゴビナにより隔てられたクロアチアの飛び地である(下記注)。また、テレビの旅行番組でよく紹介されるイベリア半島の南東端に突き出した小半島のジブラルタルもイギリスの飛び地である。
そもそも飛び地とはどのような土地のことを言うのだろう、国単位での飛び地の定義はどのようなものなのだろう、これらについて考えてみた。
国単位での飛び地の定義としては「他国の領土によって本土から隔絶された場所」というのが考えられる。これには2種類ありそうだ。一つは周囲の全てを他国に囲まれた内国の飛び地であり、もう一つは陸上では他国の領土によって本国から隔絶されているが、海に面している飛び地である。前者は外国領地を通らなければ本国に行けないが、後者は海上交通機関を使い領海から公海へ出ることにより他国の領土を通過することなく本国に行くことができる場合もある。航空機を使えばいずれの場合でも他国の領土を通過することなく本国へ行くことができそうだが、領空問題も考えなければならないだろう。やはり2つのケースに分けて考える必要がありそうだ。と理屈っぽいことを考えた。
バールレ・ナッサウという町は「オランダ領の中にベルギーの飛び地があって、その中にオランダの飛び地がある」と紹介される。この町は「愉快な飛び地の町」として観光地にもなっている場所だそうだ。
具体的には、ベルギーとの国境に近いオランダ領内に 21 ヶ所のベルギーの飛び地があって、その中に7ヶ所のオランダ領の「飛び地の中の飛び地」がある。また近くのベルギー領内にもオランダの飛び地が1ヶ所あるという。バールレ・ナッサウ(オランダ側)の人口は約 6,000 人、バールレ・ヘルトフ(ベルギー側)の人口は約 2,000 人だそうだ。なお、家の中を国境線が通っている場合は、その家の住民全員が正面玄関がある方の国民ということになっているという。
私がこの事実を知ったのは何年か前にたまたま見た BS11 チャンネルの「世界の国境を歩いてみたら…」という番組からだった。
この番組では万里紗と紹介された女優が国境ハンターとして、ベルギー・オランダの東西約 400 キロメートルの国境に立てられた 350 本のポールを辿り西から東へ歩いて行った。その途中にバールレ・ナッサウがあり、そこで彼女はいろんな経験をし、いろんな知識を得たという訳である。
面白い町であるようだ。この町を観光で訪れた人のブログ「飛び地天国」を読んだが、そこには次のように書かれていた。
「小さな町なのに教会が2つある」「役所も2つある」(これは当然のことだろう)、「地面に国境を示す表示がなされ、どちら側がベルギー(B)かオランダ(NL)であるかの表示がなされている」「町のなかで国境線が直角に折れ曲がっている所がある」「国境線上の建物には住所表示が2つあるがそれぞれに国旗が描かれており、どちらの国の住所表示かが分かる」「道を歩くと入国・出国を繰り返すことになる」
行ってみたいな、この町の地図が欲しいな、と思ったのは私の好奇心が未だ衰えていない証拠か。この人物はブリュッセルからの行き方を書いていたので、メモしてあるが、これに従ってバールレ・ナッサウを訪れることはまずないだろう。
それよりも、なぜこのような複雑なことになったのか。歴史的な理由がありそうだ。かつて結ばれた条約が関係しているのかもわからない。
と、このように考えたが、西洋史について基礎的な知識も保有していない私にとってはその理由を調べることは至難の業だろうと諦めた。ただ、国立国会図書館のレファレンス協同データベースを使って一応の検索をした。が、調べ方が適当でなかったのか、答は得られなかった。
(注)この文章を書いた後に「以前はボスニアヘルツェゴビナ経由でないとクロアチア本土から飛び地であるドブロブニクへ行けなかったが、現在では 2022年7 月末に開通した海上を渡るペリェシャツ橋を使って直接ドブロブニクへ行ける」との旅行案内パンフレットの記事を見つけた。
それよりも、なぜこのような複雑なことになったのか。歴史的な理由がありそうだ。かつて結ばれた条約が関係しているのかもわからない。
と、このように考えたが、西洋史について基礎的な知識も保有していない私にとってはその理由を調べることは至難の業だろうと諦めた。ただ、国立国会図書館のレファレンス協同データベースを使って一応の検索をした。が、調べ方が適当でなかったのか、答は得られなかった。
(注)この文章を書いた後に「以前はボスニアヘルツェゴビナ経由でないとクロアチア本土から飛び地であるドブロブニクへ行けなかったが、現在では 2022年7 月末に開通した海上を渡るペリェシャツ橋を使って直接ドブロブニクへ行ける」との旅行案内パンフレットの記事を見つけた。