「文豪たちの西洋美術」
図書館の新着本案内を見ていたら「文豪たちの西洋美術」(谷川 渥、河出書房新社)が目に留まった。小説の中に現れる西洋美術を論じた本だろう、どのような西洋美術が誰の小説にどのようなシチュエーションでどのように描かれているのかについての本だろう、と単純に思った。
そして同時にこの本に関連するような二つの話を思い出した。
その第一は、夏目漱石の「坊っちゃん」のなかの「あの松を見給え、幹が真直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」や「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」だった。
その第二は、 YouTube 番組「山田五郎オトナの教養講座」中の又吉直樹との対談だった。
そこでは又吉氏は、太宰治語録(小野才次郎)の中に書かれている「岩陰に隠れて笛を吹いている化物みたいなのがいるだろう。表では人魚が、笛を聴いている。芸術家はこのもののように陰にいて他を楽しませればよい。人前に姿を現さないものなんだよ」から、太宰がいうところの絵を特定したと言い、山田氏がそれに対し意見を述べ、最後にはアルノルド・ベックリンの絵の幾つかを題材に話が進んでいった。
この対談で山田・又吉両氏は太宰の残した文章から太宰がベックリンのどの絵のことを言っているのかを、楽しく推理していた。
話は元に戻るが、借出した本を読んでみると、著者はまえがきで「作家たちはその作品、つまり小説や詩のなかで、西洋の美術作品にどのように言及し、それを文学的契機としてどのように用いているか、そしてそこにどんな象徴的意味を込めようとしているのか、そうしたことを……作家たちの作品のうちに概観してみたい……」と書いている。
私が単純に思った小説の中に現れる西洋美術を論ずるものではなかった。
例えば、著者は梶井基次郎の項で「梶井の作品の全体からうかがわれるのは、なんといってもオランダのレンブラントとの親近性である。……『城のある町にて』の中で……『時どき烟を吐く煙突があって田野はその辺りから展けていた。レンブラントの素描めいた風景が散らばっている。黒い木立、百姓家、街道、そして青田のなかに堆砂の煉瓦の煙突……ササササと日が翳る。風景の顔色が見る見る変わってゆく』……肺結核に冒されて三十二歳でみまかることになる作家にとって、それらはいずれも『死の影』にほかならなかったのである」と書く。
最初に取り上げられている夏目漱石の項では、私の期待に反して「草枕」の中のジョン・エヴァレット・ミレーのオフィーリアと「永日小品」で言及されているレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザだった。
いずれも私のよく知っている泰西名画であるが、漱石の文章の中に現れているのは覚えていない。
選ばれている文豪の文章から読むのではなく、文豪によって選ばれた私の知っている絵からこの本を眺めたのだが、エドゥアール・マネの「ナナ」を森鴎外、ギュスターヴ・モローの「出現」を木下杢太郎、ラファエロ・サンティの「システィーナの聖母」を堀辰雄、アルブレヒト・デューラーの銅版画「騎士と死と悪魔」を中村草田男、ピーテル・ブリューゲルの「死の勝利」を野間宏、ポール・セザンヌの「エスタックの岩」を川端康成、がそれぞれその作中で言及している。
また、山田・又吉両氏が話題としたベックリンの絵については夢野久作が「死神のいる自画像」、渡辺啓助が「死の島」で言及しているとされているが、残念ながら私は両作家の作品を読んだことはない。
著者紹介に美学者とあるこの本の著者はあとがきで「日本近代文学史と西洋美術史の特異な交錯をお楽しみいただけただろうか。……日本がいかに駆け足で西洋的なものを摂取し、あるいはそれと対峙してきたかを、改めて知らされる思いである」と書いている。
新しい切り口で日本の小説や詩と泰西名画の関わり合いを述べている100頁強のこの本を、小雨降る午後に、のんびりと紅茶片手に楽しんだことである。
ただ、いずれも絵画のスペースを含めて2頁弱の論考だったので、ちょっと掘り下げが少ない、もう少し丁寧に論を進めて欲しい、と思ったのは事実である。
そして同時にこの本に関連するような二つの話を思い出した。
その第一は、夏目漱石の「坊っちゃん」のなかの「あの松を見給え、幹が真直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」や「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」だった。
その第二は、 YouTube 番組「山田五郎オトナの教養講座」中の又吉直樹との対談だった。
そこでは又吉氏は、太宰治語録(小野才次郎)の中に書かれている「岩陰に隠れて笛を吹いている化物みたいなのがいるだろう。表では人魚が、笛を聴いている。芸術家はこのもののように陰にいて他を楽しませればよい。人前に姿を現さないものなんだよ」から、太宰がいうところの絵を特定したと言い、山田氏がそれに対し意見を述べ、最後にはアルノルド・ベックリンの絵の幾つかを題材に話が進んでいった。
この対談で山田・又吉両氏は太宰の残した文章から太宰がベックリンのどの絵のことを言っているのかを、楽しく推理していた。
話は元に戻るが、借出した本を読んでみると、著者はまえがきで「作家たちはその作品、つまり小説や詩のなかで、西洋の美術作品にどのように言及し、それを文学的契機としてどのように用いているか、そしてそこにどんな象徴的意味を込めようとしているのか、そうしたことを……作家たちの作品のうちに概観してみたい……」と書いている。
私が単純に思った小説の中に現れる西洋美術を論ずるものではなかった。
例えば、著者は梶井基次郎の項で「梶井の作品の全体からうかがわれるのは、なんといってもオランダのレンブラントとの親近性である。……『城のある町にて』の中で……『時どき烟を吐く煙突があって田野はその辺りから展けていた。レンブラントの素描めいた風景が散らばっている。黒い木立、百姓家、街道、そして青田のなかに堆砂の煉瓦の煙突……ササササと日が翳る。風景の顔色が見る見る変わってゆく』……肺結核に冒されて三十二歳でみまかることになる作家にとって、それらはいずれも『死の影』にほかならなかったのである」と書く。
最初に取り上げられている夏目漱石の項では、私の期待に反して「草枕」の中のジョン・エヴァレット・ミレーのオフィーリアと「永日小品」で言及されているレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザだった。
いずれも私のよく知っている泰西名画であるが、漱石の文章の中に現れているのは覚えていない。
選ばれている文豪の文章から読むのではなく、文豪によって選ばれた私の知っている絵からこの本を眺めたのだが、エドゥアール・マネの「ナナ」を森鴎外、ギュスターヴ・モローの「出現」を木下杢太郎、ラファエロ・サンティの「システィーナの聖母」を堀辰雄、アルブレヒト・デューラーの銅版画「騎士と死と悪魔」を中村草田男、ピーテル・ブリューゲルの「死の勝利」を野間宏、ポール・セザンヌの「エスタックの岩」を川端康成、がそれぞれその作中で言及している。
また、山田・又吉両氏が話題としたベックリンの絵については夢野久作が「死神のいる自画像」、渡辺啓助が「死の島」で言及しているとされているが、残念ながら私は両作家の作品を読んだことはない。
著者紹介に美学者とあるこの本の著者はあとがきで「日本近代文学史と西洋美術史の特異な交錯をお楽しみいただけただろうか。……日本がいかに駆け足で西洋的なものを摂取し、あるいはそれと対峙してきたかを、改めて知らされる思いである」と書いている。
新しい切り口で日本の小説や詩と泰西名画の関わり合いを述べている100頁強のこの本を、小雨降る午後に、のんびりと紅茶片手に楽しんだことである。
ただ、いずれも絵画のスペースを含めて2頁弱の論考だったので、ちょっと掘り下げが少ない、もう少し丁寧に論を進めて欲しい、と思ったのは事実である。