オードリー・ヘップバーンが愛した詩

オードリー・ヘップバーンが愛した詩

啓(2023年7月5日)

 スクラップと言うほどのものではないが、新聞、雑誌その他諸々の印刷物に書かれたちょっと気になる記事は、該当頁をそのままビリビリと破いたり、該当記事を切り抜いたりして時系列に一定の場所に保管している。体系だった整理は一切していない。時々見直してその時点で不要と思ったものは処分しているため増加の一方ということにはなっていない。
 この「スクラップもどき」を眺めていた時に、クリアファイルに挟まれた二枚の紙が目にとまった。一枚目は 2013 年の日付のある私が勤務していた会社の OB 会からの連絡文書で、その末尾に「余白を利用してちょっとご紹介」として、一つの詩が印刷されていた。この詩を、私は赤いボールペンで大きく囲んでいた。
 もう一枚は、そこに書かれていた詩の原文だった。多分インターネットを使って検索し見付け出したのだろう。
 それはオードリー・ヘップバーンが愛した詩と言われているものだった。 10 数行の詩だが以下に最初の数行を原文とともに引用する。
 魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。
 愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。
 スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。
 豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。
 美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。
 For attractive lips, speak words of kindness.
 For lovely eyes, seek out the good in people.
 For a slim figure, share your food with the hungry.
 For beautiful hair, let a child run his figures through it once a day.
 For poise, walk with the knowledge you’ll never walk alone.
 この詩について OB 会連絡文書は「オードリー・ヘップバーン遺言より」とし、私がかつて検索した文書では「オードリー・ヘップバーンが亡くなる年の最後のクリスマス・イブに、2人の息子に読み聞かせた」とある。
 どのような人物がこの詩を作ったのか、そしてそれはどの詩集に掲載されているのか、少し気になった。
 以下はちょっと調べた結果である。
 作者とこの詩については「サム・レヴェンソンというアメリカの喜劇俳優、作家、教師、テレビ司会者、ジャーナリストが自分の孫へあてて書いた手紙の中の詩です」というのや「この詩の原文は、アメリカの詩人サム・レヴェンソンが孫娘にあてた手紙だそうです」「アメリカの著名詩人 Sam Levenson の『Time Tested Beauty Tips』(時を超えた美しさの秘密)という美しい詩」「この詩は『時の試練を経た人生の知恵』という詩集に収録されているものです」等々とある。
 どうも作者はサム・レヴェンソン(Sam Levenson)という人物のようだが、彼は詩人なのか否か、詩集に収録された詩なのか手紙の一節なのか、よく分からない。
 国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」にはレファレンス事例詳細(Detail of reference example)として香川県立図書館の調査結果が掲載されていた。
 そこでの質問は「サム・レヴェンソンの詩集はあるか。『時の試練を経た人生の知恵』という詩を見たい」というものであり、回答は「オードリー・ヘップバーン下の344頁に『時の試練を経た人生の知恵』の日本語訳あり」というものだった。(注:これはオードリー・ヘップバーン物語(下) (集英社文庫)のようであるが……)そして参考資料として幾つかの言及があるが、いずれも詩そのものについてであり、詩集についての言及はなかった。
 ここまで調べて「私はなんと馬鹿なこと、意味のないことをしているのだろう。彼女が好きだったという詩そのものを素直に読めばいいのに。そしてそれは手許にあるのに。それをどこの誰が書いたか、どの詩集に載っているなんてことは、どうでもいいではないか」と原点に立ち返ることとした。
 詩には引用した文章に続いて、「転べば立ち上がればいい、失敗すればやり直せばいい」「自分自身と他者を助けるために二つの手がある」「女性の美しさは瞳の奥にある」「本当の美しさは精神に反映されるもので、年を追うごとに磨かれて行く」がある。
 私は映画「ローマの休日」のアン王女とユニセフ親善大使としてユニセフ活動に貢献した人物としてしかオードリー・ヘップバーンを知らないが、このような詩を愛した人物でもあるのは「さもありなん」と思った。