歯科医院に置かれた本
私は歯が痛くならない限り歯科医院には行かない、という歯科医師から見れば言語道断な患者である。兄弟のように育った従弟が歯科医師であるためこのような怠惰な態度を続けている。
彼は「できるだけ歯は抜かない」という意見の持ち主のようで、グラグラとしている歯をもう 10 年も保たせてくれている。これについては歯垢を取ってくれる歯科衛生士もいつも感心している。治療した虫歯はあるが入歯はなく、同年輩と比べても自分自身の歯の数は多い方だろう。
と、ここまで意味もない文章を書いた後に本について書く。
彼の経営している医院の待合室に「どうぞお持ち帰り下さい」と書いた箱にいつも 2~30 冊の新しい文庫本が置かれていた。
自宅から医院まで約1時間の通勤時間中に医師が読んだ本を置いてあるのだろう。本は文庫化されたかつてのベストセラーであったり、タイトルから見て5~60代の男性が興味を持つような内容のものが多い。医院に行くたびに箱をチラッと見るのだが内容が少しずつ変わっていることから、患者の中には持ち帰る人もいるようだ。
あるとき面白そうなタイトルの本があったので「貰っていくよ」と言い、持って帰った。タイトルや著者名はすっかり忘れてしまい内容も朧げに覚えている程度である。記憶を辿ると、首都である東京に外国発の未知の強毒性インフルエンザが蔓延し、白熱の議論を経て首都の封鎖が行われ、これらに対応する医師や自衛隊の活躍を生き生きと描いたものだった。はっきりとは覚えていないが世界的な視野での話もあった。確かラブストーリーも含まれていた。
これは現在世界に蔓延している新型コロナウイルスが発生する何年も前のことであった。とても面白くあっという間に読み終えたと記憶している。私の後に読んだ妻も面白いと感じたようだ。
隣家に住んでいる息子が我が家に来たときに、偶々手近にあったその本を眺めていたので「面白かったよ」と言ったところ持って帰った。
その後、何日か経って「あの本はどうだった?」と聞いたところ「面白かった」と言い、彼の長男もあっという間に読み終えた、と教えてくれた。中学1年生が読んで解ったのかなあ、と思ったが、彼なりに理解したのだろう。
私たち大人3人の「面白かった」との言葉の意味合いは多分性別・年代の差によりそれぞれ異なっており、中学1年生の感想もその年代の特有のものがあるのだろうが、詳しいことは何も聞いていない。
この本のその後の行方は知らないが、これを買った歯科医師を含めて少なくとも5人には読まれたことになる。
歯科医院の待合室に置かれた箱は、小さな小さな小さな図書館でもあった。
(補足)
再読するつもりはないが、気になるので記憶を辿り、それらしき本を探し出した。どうも「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)がその本らしい。
彼は「できるだけ歯は抜かない」という意見の持ち主のようで、グラグラとしている歯をもう 10 年も保たせてくれている。これについては歯垢を取ってくれる歯科衛生士もいつも感心している。治療した虫歯はあるが入歯はなく、同年輩と比べても自分自身の歯の数は多い方だろう。
と、ここまで意味もない文章を書いた後に本について書く。
彼の経営している医院の待合室に「どうぞお持ち帰り下さい」と書いた箱にいつも 2~30 冊の新しい文庫本が置かれていた。
自宅から医院まで約1時間の通勤時間中に医師が読んだ本を置いてあるのだろう。本は文庫化されたかつてのベストセラーであったり、タイトルから見て5~60代の男性が興味を持つような内容のものが多い。医院に行くたびに箱をチラッと見るのだが内容が少しずつ変わっていることから、患者の中には持ち帰る人もいるようだ。
あるとき面白そうなタイトルの本があったので「貰っていくよ」と言い、持って帰った。タイトルや著者名はすっかり忘れてしまい内容も朧げに覚えている程度である。記憶を辿ると、首都である東京に外国発の未知の強毒性インフルエンザが蔓延し、白熱の議論を経て首都の封鎖が行われ、これらに対応する医師や自衛隊の活躍を生き生きと描いたものだった。はっきりとは覚えていないが世界的な視野での話もあった。確かラブストーリーも含まれていた。
これは現在世界に蔓延している新型コロナウイルスが発生する何年も前のことであった。とても面白くあっという間に読み終えたと記憶している。私の後に読んだ妻も面白いと感じたようだ。
隣家に住んでいる息子が我が家に来たときに、偶々手近にあったその本を眺めていたので「面白かったよ」と言ったところ持って帰った。
その後、何日か経って「あの本はどうだった?」と聞いたところ「面白かった」と言い、彼の長男もあっという間に読み終えた、と教えてくれた。中学1年生が読んで解ったのかなあ、と思ったが、彼なりに理解したのだろう。
私たち大人3人の「面白かった」との言葉の意味合いは多分性別・年代の差によりそれぞれ異なっており、中学1年生の感想もその年代の特有のものがあるのだろうが、詳しいことは何も聞いていない。
この本のその後の行方は知らないが、これを買った歯科医師を含めて少なくとも5人には読まれたことになる。
歯科医院の待合室に置かれた箱は、小さな小さな小さな図書館でもあった。
(補足)
再読するつもりはないが、気になるので記憶を辿り、それらしき本を探し出した。どうも「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)がその本らしい。