大阪ことば事典

大阪ことば事典

啓(2023年5月31日)

 厚さ約3センチの文庫本「大阪ことば事典」(牧村史陽編、講談社学術文庫)がある。この本は辞典でもあり事典でもある。言葉の意味や用例などを知るため(辞典)だけでなく、事柄を表す語の解説(事典)もしてくれる。おまけに「方言の研究は発音を除外しては成立しない。大阪ことばの肌ざわり、ぬくもりをできるだけ正確に伝えるため」との考えから全ての言葉にアクセント符号が付されている。
 編者(というよりも著者だろうと私は思っているが)は、はしがきで「本書は単なる大阪弁だけでなく、特殊な人名・地名の解明、あるいは歌謡・俚諺・遊戯・風俗・習慣・俗信仰・年中行事のいっさいを詰めこんだものとなった。いわば大阪風俗事典あるいは大阪百科事典として活用されることを期待したからである」と書いている。
 その説明は極めて具体的かつ詳細で例えば「おでん」の項では「田楽。大根やこんにゃくを水煮して味噌をつけたもの。東京でいう煮込みのおでんとは別のもので、この方は大阪では関東煮という」とあり、71行に亘って関連する俗謡や関連文等を書いている。そして「かんとだき(関東煮)」では「おでん。大阪でおでんといえば豆腐田楽のことで、東京でいう煮込みのおでんを大阪では関東煮というので、名称は同じでも東西では内容は全く違っている」とし、ここでは「しかし、大阪の関東煮と東京のおでんとは、串に刺すものが多少の違いがあって……」と続く。
 よく使われる「けったい」については「妙な・変な・変てこな・おかしな・奇態な・いやな・不思議な等、いろいろな意味を含んだ実にケッタイな言葉であって、エゲツナイとともに、上方弁の両横綱といってよい」と説明し、続けて64行を費やして、明和・享和・文化の舞台での使われ方や用例を具体的に示している。「大言海」の解釈についての言及もある。
 用例中に「ケッタイな人!」があり、括弧書きで(若い女性から言われたら、常識を逸した男という意味にもなり、いやらしい人、助平ともなる。しかし、求愛などの場合に「ケッタイな人」と軽くあしらわれるようなこともあって、そんな時にはまだ脈があるかも知れず、その場の空気によって的確な判断が必要である)とあるのは「ご親切に」と言わざるを得ない。協力者も多数いるだろうが、実例収集の態度には感服する。
 大阪ことばで思い出す一つの挿話がある。
 私が初めて東京勤務になったとき、アシスタントをしてくれた生粋の東京人の女性から「(私の苗字)さんは関西出身ですね」と言われた。その理由は標準語で話す私の話し方やアクセントが変だからではなく、私が「物差し」を「サシ」、「茄子」を「ナスビ」と言ったことにあると種明かしをしてくれた。ひょっとしたら私が仕事で使った資料について「これナオシテおいて」と言ったことも一つの理由だったかも知れない。
 大阪人の私にはどこから読んでも楽しい一冊である。昔話を思い出しながら面白そうな言葉を適当に眺めたが、字体の小ささには閉口した。