思い出す書店主
内容よりもそれを入手した経緯やその際に書店主と交わしたいろいろな話を思い出させる本がある。
手元には加藤秀俊編の「紛争の研究」(農山漁村文化協会)がある。まえがきによると、これは通産省企画室産業研究所(当時)からの委託により行われた研究会での発表をもとに参加者が執筆した論文を纏めたものである。古びたこの本を見るたびに会社からの帰り道に私がよく立ち寄った書店とその店主を思い出す。
その店は大阪駅に近い4~5階建てのペンシルビルの2階にあった。当初は同じ場所にあった平屋の店だったが、土地の有効活用のため貸しビルを建て、自らは2階に入った。2階という書店には不向きな立地条件ではあったがいつも何人かの本好きが本を選んでいた。友人との待ち合わせ場所にここを選んだこともある。
この書店は雑誌、週刊誌やベストセラーなどは一切置いておらず、店主によって選ばれた本だけがきっちりとした分類に従って並べられていた。ジャンルは極めて広範囲だった。「あれ?この本が」と驚いたことは幾度もある。賞を取った文芸書が置かれていたか否かは覚えていない。
ある時、私は店主に私が作成したある学者の著作の一覧表を渡し「チェックしてある本は保有している。未チェックの本とここに載っていないこの人物が書いた本を全て入手したい。ただし、学術論文集は不要である」旨を伝え、本の入手を依頼した。私の考えでは未チェックの本を含めて数冊程度だろうと思っていたが、店主からの連絡で店に出向いたときにはその倍の数の本が手渡された。
その中には、共著本は勿論一部分だけに著者の文章が掲載されている本もあった。店主の知識あるいは調査能力に感謝するとともに、どのようにして探し出したのだろうかと思った。
上に述べた本はその際、店主が探し出してくれた一冊である。
店主は淡水魚を保全する会を主宰していた。国内のみならず東南アジアの国、確かネパールだったと記憶しているが、その国の淡水魚保全・保護にも力を入れており何度か現地を訪れたようだ。店主が発行した淡水魚保全活動に関する小冊子も何冊か貰った。
当時は若かった私より20歳以上年長だと思っていたが、実に穏やかな人物だった。私の質問に対しても控えめに的確に答えてくれた。 このコラム欄のタイトル「あの本 この本」から「この本」を探してくれた店主とその思い出を書いた次第。
手元には加藤秀俊編の「紛争の研究」(農山漁村文化協会)がある。まえがきによると、これは通産省企画室産業研究所(当時)からの委託により行われた研究会での発表をもとに参加者が執筆した論文を纏めたものである。古びたこの本を見るたびに会社からの帰り道に私がよく立ち寄った書店とその店主を思い出す。
その店は大阪駅に近い4~5階建てのペンシルビルの2階にあった。当初は同じ場所にあった平屋の店だったが、土地の有効活用のため貸しビルを建て、自らは2階に入った。2階という書店には不向きな立地条件ではあったがいつも何人かの本好きが本を選んでいた。友人との待ち合わせ場所にここを選んだこともある。
この書店は雑誌、週刊誌やベストセラーなどは一切置いておらず、店主によって選ばれた本だけがきっちりとした分類に従って並べられていた。ジャンルは極めて広範囲だった。「あれ?この本が」と驚いたことは幾度もある。賞を取った文芸書が置かれていたか否かは覚えていない。
ある時、私は店主に私が作成したある学者の著作の一覧表を渡し「チェックしてある本は保有している。未チェックの本とここに載っていないこの人物が書いた本を全て入手したい。ただし、学術論文集は不要である」旨を伝え、本の入手を依頼した。私の考えでは未チェックの本を含めて数冊程度だろうと思っていたが、店主からの連絡で店に出向いたときにはその倍の数の本が手渡された。
その中には、共著本は勿論一部分だけに著者の文章が掲載されている本もあった。店主の知識あるいは調査能力に感謝するとともに、どのようにして探し出したのだろうかと思った。
上に述べた本はその際、店主が探し出してくれた一冊である。
店主は淡水魚を保全する会を主宰していた。国内のみならず東南アジアの国、確かネパールだったと記憶しているが、その国の淡水魚保全・保護にも力を入れており何度か現地を訪れたようだ。店主が発行した淡水魚保全活動に関する小冊子も何冊か貰った。
当時は若かった私より20歳以上年長だと思っていたが、実に穏やかな人物だった。私の質問に対しても控えめに的確に答えてくれた。 このコラム欄のタイトル「あの本 この本」から「この本」を探してくれた店主とその思い出を書いた次第。