本棚と人間性

本棚と人間性

KEI(2022年11月16日)

「本棚を見ればその人が分かる」と言ったのは誰だっただろうか。この文言は「あなたの本棚を見れば、あなたがどのような人物かを当てることができる」だったかも知れない。
 友人の元大学教授のフランス文学者に誰の言葉だったかをメールで照会したところ「欧米起源のようですが、特定の作者はないようです」との答だった。
 また、海外のことは知らないが、日本では古書店主は「お客様の蔵書をひとわたり拝見すると、その人の大体がわかる」と考えているという。そして、これは畏友から教わったのだが、米国人作家ガブリエル・ゼヴィンは小説の主人公である小さな書店の店主に「そのひとを知るには、そのひとがなんの本が好きか訊けばわかる」と言わせているそうだ。
 この欄に掲載戴いた文章で私は、私が所有している、あるいは愛読した本をほぼ全般にわたり取り上げたように思っている。図書館から借り出した本についても書いた。ただ、数多く所有している気楽に読んだ推理小説や時代小説には殆ど触れなかったようだ。
 また、自らの仕事に関係する書物と多くのサラリーマンが読んでいるその時代時代の経済動向や社会情勢に関する書物は意識的に除いたつもりである。前者は多くの人には関係ないだろうし、後者は・・・・・特別な理由はないが一過性の書物のような感じがしただけである。この種の本の中にはオイルショックの頃、この問題の行方をデータに基づききっちりと予測した長谷川慶太郎氏の著作のように何れの時代にも意味があるものもあり選んでもよかったのかも解らない。
 このような意識のもと「本とわたし」「あの本、この本」という切り口で幾つかの駄文を書き、ここに載せて戴いた。結果的に皆様に私の本棚をご覧いただく機会を提供し、私は裸になった、あるいは私がどのような人間かを全てさらけ出した、ということにもなってしまった。現在ではいささか恥ずかしい思いをしている。
 ここまで書いて電子書籍に思いが至った。もし、その人物が電子書籍の読者なら本棚を見ても本はなく、その人物がどのような書籍に関心があるかは分からない。
 しかし、公益社団法人全国出版協会出版科学研究所のデータによると 2021 年の「紙+電子出版市場」は1兆6742億円で、その内、紙書籍は6804億円、電子書籍は 548 億円(その他は紙雑誌、電子コミックである)となっている。この事実からは「本棚と人間性」について言われていることは未だ厳然と存在している、といっていいだろう。
 それはさておき、現在は書庫や書棚にあるこれらの書籍の処分が私の頭の中でかなりの部分を占めている。しかし遅々として進まない。「もう読まない」「読む時間がない」と考え、思い切って処分すればいいのだが、思い切りの悪いことに我ながら呆れている。
 もし望みどおりに書籍の処分が終わり、残された書籍が置かれた本棚を見た人は、現在の私とは異なった人物像を描くことになるのだろうか。冊数は減ったが現在と同じような内容の本が並んでいるということにもなりかねない。多分そういうことになるだろう。