春風と秋風

春風と秋風

KEI(2022年10月5日)

 近代俳句についてちょっと知りたいことがあり、手元の「日本の詩歌」30巻の俳句集を手に取った。知りたいことは直ぐに解決したが、その巻の松根東洋城の頁に付箋が張られていたのが気になった。そこには11の句が並んでいた。松根東洋城という名前は知っていたがその句について何か調べたという記憶はない。
 並んでいる11の句の内で唯一私が知っているのは「いづれのおほん時にかと読む長閑(のどか)かな」であるが、わざわざ付箋を貼った記憶もない。いろいろと思い悩んでいると突然久保田万太郎の「いづれのおほんときにや日永(ひなが)かな」を思い出した。これが付箋を貼った理由かも知れない。
 このことから、唐突に私が現役の頃、数年間新入社員100名弱を対象に2分弱のお祝いと激励の言葉を述べた際に先人の句を引用したことを思い出した。確か外付けのハードディスクに原稿が保存されている筈だと探し出した。
 最初の年に選んだのは私が一番好きな高浜虚子の「春風や闘志抱きて丘に立つ」だった。この句を紹介した後に「皆さんの今の気持ちにぴったりの句ではないでしょうか。今、皆さんは、心に大きな志を抱いておられます。そして、その志を実現すべく『努力しよう』と心に思い定められています。その志を忘れることなく一歩一歩着実に前進されることを期待しています」と続けた。
 二年目は虚子の次女・星野立子の「春草を踏み行きつつや未来あり」とした。この句に続けて「今、植物は新しい芽を吹き、これからの成長を感じさせています。未来に向って、いろいろな可能性を求めて、新しく会社生活を始められる皆さんにぴったりの句ではないでしょうか。皆さんの心の中の大きな志を実現するために、未来に向って、着実に歩んで下さい」とした。
 三年目は新聞の読者投稿欄にあった「春風に大きな活字踊りをり」を選んだ。そして「春風のなか、大きな幟(のぼり)が翩翻(へんぽん)と翻(ひるがえ)っている。そこには何か大きな字が書かれている。そういった意味でしょうが、今、皆さんの心の中で踊っている『大きな活字』は何でしょうか?『夢』でしょうか、『志』でしょうか。それともご両親あるいは恩師から贈られた言葉でしょうか。皆さんのそれぞれの心には、『大きな活字』があります。その『大きな活字』を忘れることなく、日々努力されることを期待しています」だった。
 四年目は、その年のお正月の新聞に掲載されていた虚子の孫である稲畑汀子の「初春の道志ありてこそ」という句だった。そして「今日は、皆さんにとっては、文字どおり『初春』です。そして皆さんは、今日から新しい道に入って行かれます。その道の向こうには、いろんな可能性が待っています。しかし、大事なのは『志』です。『志』があってこそ、いろんな事柄が実現できるのです。『志』を高く持って、目の前に広がる『初春の道』を着実に進んで行って下さい」と結んだ。
 若者にこれらを話したことを思い出しながら、そして句は異なっても毎年同じことを言っていたなと思いながら、私が話した若者たちの春秋に富む身を少し羨ましく思った。
 今の私の心に沁みるのは「春風や闘志抱きて丘に立つ」ではなく、同じく高浜虚子の作である「秋風や心の中の幾山河」である。

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