提灯に火をつける

提灯に火をつける

KEI(2022年7月13日)

 ときどきマスメディアは「法律の文章が非常にわかりにくい」「長すぎる」と非難する。企業法務の立場で長年法律に付き合ってきた身には場合によっては、立法担当者に代わって「いわれなき中傷」だと言いたくなることもある。
 確かにわかりにくい法文もあるが、法文の背景をなす制度が複雑であれば、それを表現するための法文が複雑になるのは、ある程度自然のことである。
 また、法文を始めとする法律的文章にはわかりやすさも必要だが、それ以上に解釈上の“まぎれ”が出ないような正確さが必要である。そのために文章が長くなったり、まわりくどくなったりすることがあるが、これは仕方がないことだろう。
「提灯に火をつける」という文章からは私たちは素直に「提灯の中のろうそく立てにさしてあるろうそくに火をつける」ことだと解釈し、それ以外の解釈はしない。しかし、それ以外の解釈はないのだろうか。文字だけを素直に読めば「提灯自体、提灯そのものに火をつける」となるのではないか。
 このようなことが起こらないように文章が長くなることを承知の上で「提灯の中のろうそく立てにさしてあるろうそくに火をつける」と書くこともあるのだ。
 公園の掲示版なら「芝生の中に入るな」や「芝生に入るな」でいいだろうが、法文となると・・・。
 このようなことを考えていたらかつて読んだ元法制局長官の林 修三さんの「法令用語の常識」「法令解釈の常識」「法令作成の常識」(いずれも日本評論社)を思い出した。私が使ったこれらはリタイアした時点で勉強家の若い友人に貰ってもらった。60年以上前の本だがアマゾンで調べてみると現在でも入手でき、最近の日付のレビューも書かれていた。若い人たちが読んでいるようだ。
 もっとも正確性を追い求めるあまり、解り難い文章になっては元も子もない。このことに関してアメリカの弁護士の文章作成についての悪口(?)を言っている笑い話を思い出した。
 そこでは“I give you this orange”(私は、あなたにこのオレンジを差し上げます)という僅か5ワードの文章を弁護士はこのように言う、として85ワードを使った文章が書かれていた。