バルト3国

バルト3国

KEI(2022年4月20日)

 最近バルト3国について政治やIT技術の関連でいろいろと報道され、マスメディアを通してその名を聞くことが多くなった。私の頭の中にあるバルト3国のイメージは、バルト海沿いにある3つの小国、1990年あるいは1991年にソ連から独立した国々と言うものだった。北から南へエストニア、ラトビア、リトアニアと並んでいるのだが、その位置関係もはっきりと理解していたわけではなかった。
 これらの国に関して私が知っている知識はそれほど多くはない。東洋のシンドラーと言われている杉原千畝リトアニア・カウナス領事代理やスパイカメラと言われたラトビア生まれの小型フィルムカメラのミノックスは知っていた。また、エストニアがIT大国でスカイプがその首都タリンで開発されたことも。
 いい機会だし時間もあることだし、ちょっとバルト3国について勉強しようと思った。しかし、歴史から勉強するにはちょっと荷が重い。ということで常識と雑学にちょっと毛が生えた程度で収めるつもりである。
 図書館のホームページで“バルト3国”と蔵書検索すると旅行案内書の他には、学術的な「バルト3国史」(鈴木 徹、東海大学出版会)と「バルトの光と影」(河村 務、東洋出版)以外にはめぼしい書物は見つからなかった。
 この2冊を借り出したが、後者は私と同年配のサラリーマンによる定年後の一人旅の紀行文だった。知的かつ人好きな著者の約20日間の行動が手慣れた筆致で、抑制的かつ具体的に書かれおり面白く読んだ。前者は“つまみ食い”ならぬ“つまみ読み”をしただけである。
 これらの本を読みながら、地図を眺めていろいろなことを知った。一番北にあるエストニアは、フィンランド湾を挟んで80㎞強でフィンランドに接していること、東はロシアに接し国境線からサンクトペテルブルグまでは僅か数百㎞であること、リトアニアとポーランドの間にはロシアの飛び地であるカリーニングラードがあること等々である。
 これら位置関係と戦争を含む過去の歴史を絡めて極めて図式的に言うと、エストニアはフィンランドと、ラトビアはドイツと、リトアニアはポーランドとの関係が深い。
 バルト3国が関心の対象になると、不思議なことにバルト3国に関するいろいろな情報が入ってくる。「ながいながい旅―エストニアからのがれた少女」(ローセ・ラーゲルクランツ著、イロン・ヴィークランド絵、石井登志子訳、岩波書店)もその一つである。一読したが、その紹介文には「画家ヴィークランドは子供のときにエストニアからスウェーデンに亡命した。戦争の荒波にもまれる幼い少女の涙と希望の日々を描いた自伝的作品」とあった。