人の為と人の夢

人の為と人の夢

KEI(2022年3月30日)

「人の為と書いて偽りと読むのはなぜかしら 人の夢と書いて儚ないと読むのはなぜかしら 愛という字には心がちゃんと真ん中にあるというのに 恋という字には心が下にあるのは下心のせい?」
 上手い!
 2021年10月27日付の読売新聞朝刊「編集手帳」は作家・出久根達郎さんの随筆集「新懐旧国語辞典」(河出書房新社)からのこの引用文で始まっていた。
 孫引きは嫌なので、図書館から借り出した原典に当たったが、当然のことながらこのとおりだった。「茶」というタイトルのエッセイの中にあった。
 出久根さんは読者から頂戴したCDの歌詞だとされているが、2頁4段のスペースを使って、この文章を書き出しに使い、明治の文人や江戸の人びとの文字遊びに関する文章を書いておられる。
 その中に「儚い」は尾崎紅葉のつくり字であると書いてある。紅葉は人力車の車を意味する「俥」も作っているという。根拠については触れていないが、出久根さんはこのように書いている。
 確かに峠、榊、辻などは日本で作られた漢字である国字であるが、儚と俥がそうなのかはちょっと気になる。そこで尾崎紅葉が作ったと書かれている儚と俥について現在愛用している漢和辞典(全訳漢辞海第四版)ではどう説明されているかを調べた。
 儚については「迷ってぼんやりするさま。くらい」とあり、儚儚(ぼうぼう)という中国の詩にある言葉が「頭が鈍いさま」という意味とともに載っていた。そして日本語用法として「はかない。無常だ。長く続かない。もろい。あっけなく、むなしい。江戸時代以降の用法」と説明されていた。
 俥については「中国将棋の駒で紅方の車、汽船の動力機関」とあり、日本語用法として「くるま。人力車」とある。
 これだけではよくは解らないが、儚・俥の双方の説明に日本語用法とあるのを見ると、日本で作られた漢字だが偶々(たまたま)その字が別の意味を持っている漢字として中国に存在していた、ということだろうか。
 峠、榊、辻は漢辞海でははっきりと国字と説明されていた。
 漢字を使った同じような文字遊びでは、有名な「信じる者は儲かる」、「躾は身に美しい」、「嘘は口が虚しくなる」、「人を憂える優しい人」、「旨い魚で鮨を作る」もある。
 このようなことを思いながら、この新懐旧国語辞典に目を通したのだが、一つの言葉から紡ぎ出される諸々の話を楽しんだ。