「三びきのやぎのがらがらどん」
文庫やいろんなところで、読み聞かせに時々登場する「三びきのやぎのがらがらどん」、ちょっと絵が怖い。でも、一度読んでもらうと「もう一回、もう一回」と何度でも読んでもらいたがります。そして、怖いトロルの出てくるところでは、目を大きく見開いて、じっと聴いています。おおきいやぎのがらがらどんが、トロルをやっつけて山にのぼっていって、くさをいっぱい食べてふとり、「そこでチョキン、パチン、ストン。はなしは おしまい。」で、ほっとした顔をして、「もう一回読んで」となるのです。
実は、私もいわゆる“よみきかせ”なるものを初めて聴いたのが、この「三びきのやぎのがらがらどん」でした。宇治の造形教室に3歳の長男、2歳の次男が通っていて、お迎えに行った時に、先生に読んでいただいている最中でした。我が家にも一冊買って、その後、文庫の子どもたちや図書館でこどもたちに、もう何度読んだことでしょう。
歌人の俵万智さんは、2歳の時一年360日くらい、毎日毎日お母さんにくり返し読んでもらわれたそうです。「彼女の言葉の感性は、豊かさはこうやって育ったのでしょう」と福音館の松居直さんがおっしゃっていました。
一般に昔話は、お話しを通して、世界中でいろんな民族が、人生の予行練習をしているのだと言われます。このノルウエーの昔話も子どもたちが成長して、自己を確立していく課程でじゃまをするもの、あるいは超えなければならない課題、それがトロルだといわれます。そして、これは松居友さんの「昔話とこころの自立」(宝島社)によると、三匹のヤギに象徴されるものは、こどもたちの自立の課程での三回の反抗期をいう。第一反抗期、幼児から少年へ、これは母親からの一体感から切り離す時の母親への反抗。第二反抗期は、少年から青年へ、体の変化に伴い、父親への反抗。第三反抗期は、青年から大人へ、いろんな社会の矛盾や不合理に対する反抗。
ちいさいやぎ(第一反抗期)は、ちいさいことを逃げ口上に知恵を使って切り抜け、二番目やぎのがらがらどん(第二反抗期)は、逃げ口上は使わずとも先を見越して、勝負をのばす。そして、充分に成長したおおきいやぎのがらがらどん(第三反抗期)が、どんなに周りの大人が反対しようとも自分の道を切り開いて、社会に飛び出して行く。
こどもたちは、お話を聴きながら、“やまばでふとる”つまり成長して行く自分自身を安心して、お話の中に無意識に信じて見ているのでしょう。
私は覚えるのが苦手で、ストーリーテリングはやらないのですが、このお話だけは、何度も読んできたので、絵本を(字を)見ないでも語ることのできる絵本の一冊です。
実は、私もいわゆる“よみきかせ”なるものを初めて聴いたのが、この「三びきのやぎのがらがらどん」でした。宇治の造形教室に3歳の長男、2歳の次男が通っていて、お迎えに行った時に、先生に読んでいただいている最中でした。我が家にも一冊買って、その後、文庫の子どもたちや図書館でこどもたちに、もう何度読んだことでしょう。
歌人の俵万智さんは、2歳の時一年360日くらい、毎日毎日お母さんにくり返し読んでもらわれたそうです。「彼女の言葉の感性は、豊かさはこうやって育ったのでしょう」と福音館の松居直さんがおっしゃっていました。
一般に昔話は、お話しを通して、世界中でいろんな民族が、人生の予行練習をしているのだと言われます。このノルウエーの昔話も子どもたちが成長して、自己を確立していく課程でじゃまをするもの、あるいは超えなければならない課題、それがトロルだといわれます。そして、これは松居友さんの「昔話とこころの自立」(宝島社)によると、三匹のヤギに象徴されるものは、こどもたちの自立の課程での三回の反抗期をいう。第一反抗期、幼児から少年へ、これは母親からの一体感から切り離す時の母親への反抗。第二反抗期は、少年から青年へ、体の変化に伴い、父親への反抗。第三反抗期は、青年から大人へ、いろんな社会の矛盾や不合理に対する反抗。
ちいさいやぎ(第一反抗期)は、ちいさいことを逃げ口上に知恵を使って切り抜け、二番目やぎのがらがらどん(第二反抗期)は、逃げ口上は使わずとも先を見越して、勝負をのばす。そして、充分に成長したおおきいやぎのがらがらどん(第三反抗期)が、どんなに周りの大人が反対しようとも自分の道を切り開いて、社会に飛び出して行く。
こどもたちは、お話を聴きながら、“やまばでふとる”つまり成長して行く自分自身を安心して、お話の中に無意識に信じて見ているのでしょう。
私は覚えるのが苦手で、ストーリーテリングはやらないのですが、このお話だけは、何度も読んできたので、絵本を(字を)見ないでも語ることのできる絵本の一冊です。