書き取り総合練習帳

書き取り総合練習帳

KEI(2022年3月9日)

 現在の私は字が下手だ、ということは認識している。小さい頃は習字を習い、それなりの字を書いていた。小学校5年生の私が「行け千里の道」と大書し、表装された掛軸も残っている。それが年齢を重ねるに従って下手になり、会社員の頃は先輩から「コミュニケーションには差し支えない字」と冷やかされるまでに落ちぶれた。
 最近では手紙や葉書を書くのにまでパソコンを使っている。ただ名前だけは自筆にしている。最初の頃は失礼にならないだろうか、とかなり気にしていたが、読み易い字で書かれている方がいいだろう、それに文章の推敲も十分にできるし、と自分勝手な理屈でこのようにしている。返信をすぐにするようになったのも一つのメリットと考えている。
 ところが、最近に至って問題に気が付いた。漢字を正しく書けなくなったのだ。この現象はちょっとしたメモを取るときに現れる。メモの中に「当たらずと雖も遠からず」程度の漢字が度々出現するのだ。
 毎日、簡単な日記というかその日の行動を3年日記に手書きしている妻にはこのようなことはないらしい。
 どうしようか、と考えているときに処分対象の本の中に、長男が使っていたのだろう「書き取り総合練習」(秋末一郎、中道社)との表題の100頁強の問題集が紛れ込んでいるのを見つけた。この本は何年か前に私が処分しようと思っていたときに、妻が「書き取りの練習をするから残しておいて」と言ったので処分をしなかった筈である。
 最近では妻が朝の用事を済ませ、私が一連のパソコン作業を終えた午前9時30分頃から、妻と一緒に毎日この本の1頁ずつ35~37問を解いている。老夫婦の漢字書き取り合戦であるが、問題に関連する雑談を交えながらのこの時間が実に楽しい。採点が終わるとおやつの時間になる。
 現在ではあまり使われていない言い回しや熟語もあり、かなり難解な問題が並んでいる。悔し紛れに書くのだが、例えば「一心にサイカンを揮う老画伯」など私には全く見当がつかない。「サイカン」で思いつくのは「才幹」程度である。絵筆を意味する「彩管」などこの歳になって初めて知った言葉である。
 「ケンテンを施した語に注意せよ」(圏点)や「世界にカンゼツした日本の医学」(冠絶)もお手上げだった。
 このような結果1~2割程度が正しく書けない。妻との勝負は五分五分と言いたいが、かなり私が負けている。
 長男が丁寧にチェックしている間違った熟語と私が間違ったのが一致すると、彼も私と同じように間違ったのだ、と何となく親しみを覚える。彼がこの練習帳で勉強していた頃には私は東京で単身赴任生活を送っており、家事、教育の全てを妻に任せていた。その結果として受験生だった彼の生活は全く知らなかった。しかし、この練習帳によってほんの少しだが、彼の受験人生を知ったような気になった。
 現在では第2ラウンドの最終局面に入っているが、最初と同じ間違いをしている、最初は正しくかけた熟語が2回目には間違っているということもある。ほとんどの漢字が正しく書けるような日は来るのだろうか。