新書365冊

新書365冊

KEI(2021年8月11日)

 毎日の通学時間を使い、当時1冊30円だった70頁前後のアテネ文庫(弘文堂の学術系文庫、1948年創刊、301巻をもって刊行休止、2010年より一部につき復刻版刊行)をジャンルを問わず毎日1冊読破していた時期があった。内容を理解していたか否かは極めて疑問であるが、買った本は全て電車内で読み通したことだけは間違いがない。
 若い一時期にこのような自慢にもならない経験をした私であるが、「新書365冊」(宮崎哲弥、朝日新書)を書かれた宮崎哲弥さんには脱帽した。宮崎さんは2003年7月から2006年3月までの33ヶ月間、毎月発行された新書全冊を読破し評価するという、私から見れば無謀な計画を実行された。宮崎さんによると「(毎月)手にした新書は、少ないときでも60冊、多いときには100冊にものぼった」そうだ。
「新書365冊」はこの33ヶ月間の無謀な行為とそれに先立つ1年半の新書紹介を含めて新書をジャンル別に纏めたアンソロジーである。と同時に優れた新書書評集でもある。
 岩波新書を始めとして〇〇新書という名で発行されている書籍は多いが、私は最近発行される新書の幾つかについてちょっとした疑問を抱いている。私は新書というものは「背後にしっかりした学問の体系があり、それをあえて表に出さずに易しくものを解き明かす」ものだと思っていた。学問的レベルを落とすことなく平易に書かれた入門書だと信じていた。ところが、最近では「学問的基礎もなしに、単なる思い付きを書き連ねたような本が多い」と宮崎さんと同じ感想を抱いている。
 とは言いつつも、私自身もサラリーマン時代には入門書ならぬ門前書のような時流に沿っただけの新書を数多く購入していた。正直に白状するとほとんど全てがこのような新書だった。思い返してみると、手っ取り早く時流に乗った諸々を表面的に理解するために読んだようなものだった。
 宮崎さんはこの本で自らが読んだ新書を分類し評価されている。Bestとされた本についてはきっちりと具体的に評価し、その内容を纏めている。Betterとされた本については、問題点や検討不足を指摘したりしている。Moreとされた本については50字から200字ほどで簡単に内容を説明している。
 そして最後の第16章の「問題な新書」(「な」には上部に点が付されている)では19冊がWorstとして掲げられ、宮崎さんはこれらを短い文章で批判している。一番短いのはたった1行、14字で切り捨てている。
 宮崎さんがこの本のために新書を読まれた期間に、私も何冊かの新刊の新書を読んだが、私が読んだ本は一冊も批評の対象にはなっていなかった。批評・批判の対象にすらならない本、あるいは可もなく不可もない本ばかりを選んでいたのだろうか。