古色蒼然たる文庫本

古色蒼然たる文庫本

KEI(2021年7月21日)

 文庫本は処分すべき書籍の筆頭にあげられるだろう、とは私の独断である。理由はいろいろと思いつくが、それぞれに異論が出そうに思われるので、ここでは「議論は避けるに如かず」がベストの選択か。
 私が蔵書の整理に際し最初に手を付けたのは文庫本だった。殆ど全巻が揃っている気楽に楽しんだ推理小説家2人の著作と最近数年間に購入した本を除いて原則として全て処分した。処分対象は小さな活字の国内外の小説類が中心だった。買ったものの読まなかった小説もあった。
 ところが、思い切りが悪く幾度も処分すべきだと思ったものの、それでもなお捨てられない古色蒼然たる9冊の文庫本が手元に残されている。もう読まない、残しても意味がないと理性では結論付けるが、感情は処分することを拒絶する。このようにして何年も経過した。
 これらの本は残すことに決めた文庫本の隣に纏めてそっと置かれている。統一性のないことおびただしいが、私は勝手にこれら9冊の存在感は大きい、と思っている。
 この9冊のタイトルを見る限り、残すことについての選定基準がないように思われそうだが、それぞれの本には10代後半から20代前半の私の思い出が詰まっている。映画「奇跡の人」の入場券の半券が栞代わりに挟まれているのもある。通っていた中学校・高等学校の近くの書店の名前が印刷された栞が挟まっているのもある。
 敢えて利用価値があったという説明をすれば、10年近く前にはハイデルベルク訪問に先立ってこの中の一冊を再読したし、数年前には書きつつあった文章の正誤を確認するために該当個所を探したし、などと理由にならない処分できない理由も頭をよぎる。
 処分するつもりはさらさらないが、もし処分したとしたら今後これら9冊は入手可能かはちょっと気になる。インターネットを使い調べたところ、現在でも古本で全て入手できそうだ。値段は1円の本もあり、100円強の値段がついているのもあり、3,750円の値段がついているのもあった。無料の電子書籍もあったのには驚いた。
 以上が処分できない古色蒼然たる文庫本の話である。
 ちなみに私が処分を躊躇っている9冊の古い文庫本は、恥を忍んで書き出すと、次のようである。このタイトルを読まれた方は統一性の無さに呆れられただろう。
 吉田精一著「日本近代詩鑑賞」(明治編、大正編、昭和編)(新潮文庫)、鶴見祐輔著「子」(上・下)(角川文庫)、亀井勝一郎著「大和古寺風物詩」(新潮文庫)、会津八一著「自註鹿鳴集」(新潮文庫)、テニスン作・入江直祐訳「イン・メモリアム」(岩波文庫)、マイアーフェルスター作・番匠谷英一訳「アルトハイデルベルク」(岩波文庫)