「英語教育大論争」

「英語教育大論争」

KEI(2021年6月16日)

 ある程度の数の人が話している言語として、現在世界には1,000強の言語があるそうだ。また、その内で最も使用されている言語は英語であり、15億人が英語を話すという。
 別のデータでは英語を母国語として話す人は3億3千万人、第二言語として話す人は5億1千万人だとされている。国際連合の公用語は、英語、フランス語、ロシア語、中国語、スペイン語、アラビア語の6言語であるが、その事務局の作業言語は英語とフランス語のみである。現在の世界では英語が世界共通語と言って差し支えない。
 2019年6月26日付の日本教育新聞によると「学習指導要領が見直され、英語教育が2020年度から大きく変わります。小学校3年生から英語教育がスタートする一方、中学校では英検準2級、高校では英検2級以上を目指した授業が展開されます。国際化が進む新時代に対応するのが狙いで、ガラパゴス化しているといわれてきた日本の英語教育に本格的なメスが入ります」とある。
 英語教育について疎い私には「ガラパゴス化」といわれても何のことかよく理解できないが、英語教育の方向はどうも会話能力増強にあるようだとは推測できる。
 御多分に漏れず私も個人教授、グループ英会話教室出席やカセットテープの利用を始め長期間に亘り多くの方法により英会話を勉強した。英会話上達に関する多くの書物も読んだ。結果はどうだったか。「言わぬが花」としておこう。
 リタイアする時点で、英会話習得に利用した種々のカセットテープ等は「不要なら処分して」と言ってその全てを英会話を勉強しているという秘書嬢に貰ってもらった。英会話上達法などとのタイトルが付された何冊かの本は全て処分した。
 手元に残したのは平泉 渉・渡辺昇一の「英語教育大論争」(文藝春秋)と何冊かの英語教育に関連する本だけである。「英語教育大論争」は、昭和49年4月18日に参議院議員の平泉 渉氏が発表した「外国語教育の現状と改革の方向」について英語学者の渡辺昇一氏との論争を纏めたものである。帯には「英語教育百年を総決算する白熱の大論争!」「英語に関するあらゆる問題が俎上にのせられ、論争し尽くされた必読の書」等とある。
 本文中には、言語学者の鈴木孝夫氏が司会を務めた二人の対談もあり、これを含めて著者二人の主張・論争を興味深く読んだ記憶がある。
 マスコミ報道で知る限りだが、そして私の個人的感想に過ぎないが、これ以後も新しい考え方はなく、同じ議論を繰り返しているようだと思わざるを得ない。
 英語教育とはそもそも何を教育するのか、不自由なく会話ができる能力を獲得させることにあるのか、それとは異なった内容、例えば英語で書かれた書物を自由に読める能力、きっちりとした英文を書ける能力を意味するのか、私にはよく理解できない。
 英語教育について真面目に勉強したことのない私であるが、自らの経験から私はきっちりとした英語の書物を辞書を引きながらでも読めること、そして文法的に正しい文章を書けることが第一だと思っている。換言すれば外国語である英語と知的格闘をする能力を涵養することが英語教育だと信じている。
 そして英会話については「話す」能力より「聞く」能力が大事だと考えている。聞けなければ話せないし、話す内容が無ければ、話す能力は意味がないとも。
 私が身近に経験したことであるが、自他ともに英会話が堪能だとされていた私の同僚が書いた文書について、内容が理解できないと言った米国人弁護士がいた。
 また、私は英語での技術援助契約交渉が終わった後の会食時のくだけた会話は、ほとんど「聞け」なかったという経験をしている。話される知的な内容もさることながらスピードや言い回しについて行けなかったのだ。結果的にその場では殆ど「話す」ことができなかった。
「話す」能力についてもなにもネイティブと同じように話す必要はない。テレビ画面に登場するアフリカや東南アジア諸国の政治家や学者は内容のある話を自国語訛りの英語でしているが、英語が母国語の人々もきっちりと理解している。
 と、ここまで書いて最近の中学一年生の英語の教科書はどのような文章から始まっているのか気になった。