「エンド・オブ・ライフ」

「エンド・オブ・ライフ」

KEI(2021年3月31日)

 最近はラジオをよく聞くようになった。佐々涼子さんという1968年生まれのノンフィクション・ライターを知ったのは、ゲストとして呼ばれ自らの作品についての話をされていたあるラジオ番組を通してだった。
 佐々さんの「エンド・オブ・ライフ」は、2020年2月に発行された終末期医療と終末期のあり方を考えさせるノンフィクションである。京都で訪問医療を行っているある診療所とそこに勤務する訪問看護師を主人公に、彼らが直面した死、さらには著者の母親とそれを自宅で看護する父親の在宅介護の状況など、を織り交ぜた作品である。
 訪問看護師とともに著者も少なからぬ数の患者の看取りに立ち会っている。最近ではめったにしないが、考えさせられる発言や表現にポストイットを貼り付けながら読んだことである。読みながら不覚にも涙を落としたり、目頭が熱くなったりしたこともあった。
 末期癌の女性を彼女の希望に添って、3人のスタッフが多量の酸素ボンベを準備し、家族と共に南知多の潮干狩りに連れて行く話や同様に他の同じような状態の患者とともにディズニーランドに行く話などには心を動かされ続けた。
 そこには患者の意思を尊重し、家族に思い出を作ることに可能な限り配慮するという診療所のスタッフの真摯な態度があった。
 著者は「死をテーマに取材を続ける私は、人の不幸を書くことを生業(なりわい)としたことに、どこかで言いようのない違和感を覚えていた」「在宅医療の専門家から『家で過ごすというのは、素晴らしいことです』と何度聞かされても、難しさばかりに目が行ってしまい、どう書き進めていいのかわからなかった」と「不幸を書くこと」や「家に病人を抱えることがどれだけ負担になるのか」という問題を抱きつつ書いている。
 そして「助かるための選択肢は増えたが、それゆえに、選択することが過酷さを増している。私たちはあきらめが悪くなっている。どこまで西洋医学にすがったらいいのか、私たち人間にはわからない。昔なら神や天命に委ねた領域だ」「予後告知は医師がするものではない。患者自身が感じているものを引き出すのだ。人間は、どこかで自分の死期を予期する能力がある」「亡くなりゆく人は、残される人の人生に影響を与える。…死は、遺された者へ幸福に生きるためのヒントを与える」と多くの終末期患者の看取りに同席した経験から書く。
「患者が死を受容できるように心を砕き、遺された時間を後悔のないように生きるように導いていた」訪問看護師が、癌を患い、終末期に近づきつつあることを知った時に発した言葉が「僕は生きることを考えます」であった。
 また、著者の「家で看取られたいですか」との質問に対する訪問看護師のきまり悪そうな「こんな仕事をしているけれど、病院でいいわ」との答なども含めて考えさせられることの多い一冊だった。
 言い古された言葉だが、死は全ての人々に平等に与えられる。そしてその時期は自らは決定できない。一瞬、一瞬を大事に生きて行く。「死」を考えるのではなく「生」を考える。これも一つの答だろう。