落語家、大学で教える

落語家、大学で教える

KEI(2021年3月3日)

 私の好きな落語家の一人に桂 文珍さんがいらっしゃる。
 この落語家が1988年から5年間、関西大学文学部の非常勤講師を務めた。この間の経緯については書誌学者である同大学教授の谷沢永一氏の著書に詳しいが、桂文珍対談集「浪花友あれ」(毎日新聞社)に次のような言葉が記録されている。
 文珍「私が関西大学でやらせていただくことになった時に教授会があったと思うんですけれども、どうでしたか」
 谷沢「もちろん、文学部教授会全員一致と。これは日本の会議ですので、黙っているということが全員一致賛成になりますのでな。(笑)」
 文珍「なかなか含蓄のある、難しいお言葉ですが」
 谷沢「それで、本当のところどれぐらいの方々が賛成されておったかというと、五百二十人ほどの教育職員のうち、賛成者が学長を筆頭に五~六人だった…」
 谷沢教授はこれに続いて「日本には大学の専任教育職員が十三万人おるんですがね。非常勤はもう、はるかに上回ります。その方々の中で、しゃべったとおりの講義で本にできる、あるいはそれをだす度胸のある方がね、何人おるかと(笑)」と語っている。
 ここで話題になっている本が「落語的学問のすすめ」(潮出版社)である。「一年間毎週月曜日の第一時限、無遅刻、無欠勤」で国文学史特殊講義との講座名で講義した内容をそのまま本にしたという訳である。
 文珍さんは「何を教えられるのか、私なりに考えたのは、日本の伝統文化である落語、特に上方落語の歴史とその背景、遺産、さらにそれを敷衍させた落語的なものの見方、考え方について話してみたらどうだろうか」(「日本の大学 この国の若者は、こんなんでっせ!」、潮出版社)と考え、講義に臨んだという。
 実に面白い。まるで落語を聞いているようである。教訓的な話をするにしても面白く具体的に説明する。最初の授業の様子を取材したが、誤った内容で報道したテレビ番組を評して「ああいうのんを見ていると、実に映像というものは、どないでも映るという感じがするわけですが(笑)、見る側としては、そのへんの真実を見極めなければいけないですね。…テレビに映ってるのがすべてだというふうに思ってしまうのは大きな間違いのもとです。…」(32頁)といった具合である。
 ここまで書いた時、唐突に後に最高裁判事になられた大隅健一郎教授の授業を思い出した。大教室の演壇に置かれた机に教科書だけを広げて、背筋を伸ばし、音吐朗々、理路整然、淀みなくそのまま書けば立派な参考書になるような講義だった。私はノートを取るのを忘れ、聞き入り、時には睡魔と戦った。文珍さんの生徒はノートを取るのを忘れ、聞き入り、時には爆笑したのだろう。