移動図書館ミッケル号(1)

移動図書館ミッケル号(1)

H・T(2021年2月17日)

 僕の名前は「ミッケル」。本名は、ちょっと長くて「大津市立和邇移動図書館ミッケル号」と言うんだ。いつもは和邇図書館の倉庫にいるけど、隔週の水曜日午後に外に飛び出す。僕のお腹に約2000冊の本を入れて走るんだ。
 大津市の北部が僕の担当区域。運転手のおじさんと司書のお姉さんが一緒だ。時々、図書館の館長さんが乗ることもある。約18箇所を回る。僕が止まるところは決まっていて「ミッケル号ステーション」という。琵琶湖を眺めながら国道を走り、さらに横道に入ってからステーションで止まる。そこで本を借りてもらうという仕組みだ。一箇所に止まっている時間は約20分。うーん、短いなぁ。でも、半日で18箇所だから仕方ないか。
 僕が大好きなステーションの一つが「木戸会館」だ。長い樹下神社の参道の途中の歩道橋の近くにこのステーションはある。下の方を見ると鳥居の向こうに琵琶湖が見え、上を見ると鳥居の向こうに立派な神社がある。
 5月5日にはこの地域の神社の祭りがあってこの樹下神社に立派な神輿が集まるのだという。その神輿が僕が通るこの参道をたくさんの人たちに担がれて登ったり下ったりするという。何で知ってるかって?そりゃあ、図書館の資料で調べたさ。何でも日吉大社に関係している地域らしくて、その神輿は日吉大社の神輿とよく似ていて派手で立派だそう。
 図書館で調べたといえば、この木戸という地域のほんの一部に残っている風習で面白いのが「大晦日にイワシを食べること」らしい。節分に食べるイワシは有名だけど、大晦日にイワシなんて珍しいことだ。もちろん、これも図書館郷土資料で調べたこと。何せ、毎日は暇なものでこういうこともやっている。まあ、僕の研修の一つだ。ステーションで聞かれたら答えなきゃね。
 木戸会館のステーションに3年ほど前までいつも通ってきてくれるおばあちゃんがいた。白髪だったけど背はすらっとして若く見えた。「ミッケル。よくきてくれたね。待ってたよ」といつも僕の背中をなでてくれた。目が悪いらしく司書のおばちゃんが「これがいいわ。きっとこちらがいいと思って選んできたわ。この方が字が大きいからね」と取りだしてあげていた。借りるのは、時代小説と絵の本だった。何でも絵を描くのが趣味なんだそうだ。そうか。司書のお姉ちゃんは借りる人のことを考えて僕のお腹に本を入れるんだと思った。おばあちゃんは、帰りには「ミッケルありがとうね。また。再来週ね」と僕をなでてくれた。
 そのおばあちゃんの姿がある時から見えなくなった。ずっと心配していたけど、時々一緒に借りるおばあちゃんに思い切って聞いたら「亡くなったのよ。ここに来るのが楽しみだったのにね」と言った。僕は、その日悲しくてシュンとなった。 「ミッケル。次、行くよー」の言葉もあまり耳に入らなかった。でも、「ミッケル。ほらー。次はミッケルの好きな木戸小学校だよ。子どもたちが待っているよ」
 僕は、ハッとした。そうだ。僕を待っている子どもたちがたくさんいるんだ。「おばあちゃん、あの空の上でも本を読んでね。僕もがんばってるよ」走り出すエンジンの音と一緒に声をあげた。