聖徳太子はいなかった
2020年4月11日のNHKの番組「ブラタモリ」のテーマは法隆寺であった。法隆寺と言えば「聖徳太子」がすぐに思い出される。番組を眺めながら、かつて読んだ「聖徳太子はいなかった」(新潮選書、谷沢永一)を思い出していた。
さっそく書庫から取り出して再読したが、そのあとがきは「聖徳太子がいなかったことは、とっくに学界の常識となっている」で始まり「一般人の立場からながめると、聖徳太子がフィクションであるという知識が、世間のすみずみにまで広がっているとはかならずしも言えないようにみてとれる」と続き「この問題をめぐっての学術書はすでに出つくしているのだから…先学のなしとげた見事な研究成果をおそるおそる禿筆(「ちびふで」とふりがなを付している)でなぞってみようかと…」とこの本を書くことになった経緯を述べている。
そして「この世に実在した人物でない」聖徳太子について、「聖徳太子を伝える文献と遺物とのどこにどのようなホコロビが見つけられるか」「イメージとしての聖徳太子を必要とした条件はなにか」「全智全能の聖徳太子をつくったのは誰か」「皇太子としての聖徳太子のモデルは誰か」について歴史資料や現在までの諸学者の検討結果を幅広く取り上げ説明してくれる。
広範囲にわたる実例をあげてのその説明は、要点は外さないながらも多くの文献を引用しつつ、読者の頭の回転を強く要求するもので、最近の軟弱な文章を読みなれている身にはきつく、いささか努力が要った。
この本を読みながら、聖徳太子を小・中学校ではどのように教えているのか、気になった。原典にあたるということで、小・中学校の教科書を読めばいいのだがどういう方法があるのか思い付かない。仕方がないので、インターネットで調べることにし検索欄に「聖徳太子 学習指導要領」と打ち込んで見た。
2017年2月15日付の日本経済新聞の記事がヒットした。そこには「変わる歴史用語、聖徳太子→厩戸王 学習指導要領案」との見出しの次のような内容の記事があった。
曰く「『聖徳太子』は『厩戸王(うまやどのおう)』…新学習指導要領案では、重要な歴史用語が最近の研究成果を反映して変更される。…社会科では…『聖徳太子』は小学校で『聖徳太子(厩戸王)』、中学校は『厩戸王(聖徳太子)』に変更。小学校では人物に親しみ、中学校では史実を重視する観点から表記を入れ替えている。聖徳太子は死後につけられた称号で、近年の研究では厩戸王に当たる可能性が高いとされている」
聖徳太子の業績と言われているものが必ずしも厩戸王の業績ではないことがはっきりとしていることや聖徳太子の人物像の記述にフィクションがあるとされていることから「妥協の産物のような解決だなあ」とは事情を知らない者の無責任な発言である。
聖徳太子はこの世に実在した人物ではなく、必要に迫られた当時の人の頭の中で作り上げられた虚像であるとしても、過去7回も紙幣に登場しており、日本人には最も親しい歴史上の人物の一人であることに変わりはない。
さっそく書庫から取り出して再読したが、そのあとがきは「聖徳太子がいなかったことは、とっくに学界の常識となっている」で始まり「一般人の立場からながめると、聖徳太子がフィクションであるという知識が、世間のすみずみにまで広がっているとはかならずしも言えないようにみてとれる」と続き「この問題をめぐっての学術書はすでに出つくしているのだから…先学のなしとげた見事な研究成果をおそるおそる禿筆(「ちびふで」とふりがなを付している)でなぞってみようかと…」とこの本を書くことになった経緯を述べている。
そして「この世に実在した人物でない」聖徳太子について、「聖徳太子を伝える文献と遺物とのどこにどのようなホコロビが見つけられるか」「イメージとしての聖徳太子を必要とした条件はなにか」「全智全能の聖徳太子をつくったのは誰か」「皇太子としての聖徳太子のモデルは誰か」について歴史資料や現在までの諸学者の検討結果を幅広く取り上げ説明してくれる。
広範囲にわたる実例をあげてのその説明は、要点は外さないながらも多くの文献を引用しつつ、読者の頭の回転を強く要求するもので、最近の軟弱な文章を読みなれている身にはきつく、いささか努力が要った。
この本を読みながら、聖徳太子を小・中学校ではどのように教えているのか、気になった。原典にあたるということで、小・中学校の教科書を読めばいいのだがどういう方法があるのか思い付かない。仕方がないので、インターネットで調べることにし検索欄に「聖徳太子 学習指導要領」と打ち込んで見た。
2017年2月15日付の日本経済新聞の記事がヒットした。そこには「変わる歴史用語、聖徳太子→厩戸王 学習指導要領案」との見出しの次のような内容の記事があった。
曰く「『聖徳太子』は『厩戸王(うまやどのおう)』…新学習指導要領案では、重要な歴史用語が最近の研究成果を反映して変更される。…社会科では…『聖徳太子』は小学校で『聖徳太子(厩戸王)』、中学校は『厩戸王(聖徳太子)』に変更。小学校では人物に親しみ、中学校では史実を重視する観点から表記を入れ替えている。聖徳太子は死後につけられた称号で、近年の研究では厩戸王に当たる可能性が高いとされている」
聖徳太子の業績と言われているものが必ずしも厩戸王の業績ではないことがはっきりとしていることや聖徳太子の人物像の記述にフィクションがあるとされていることから「妥協の産物のような解決だなあ」とは事情を知らない者の無責任な発言である。
聖徳太子はこの世に実在した人物ではなく、必要に迫られた当時の人の頭の中で作り上げられた虚像であるとしても、過去7回も紙幣に登場しており、日本人には最も親しい歴史上の人物の一人であることに変わりはない。