外交官の小説三部作

外交官の小説三部作

KEI(2020年12月16日)

 外交官の手になる大部の三部作「プラハの春」「ベルリンの秋」「ウィーンの冬」(春江一也、いずれも集英社)がある。なかでも駐チェコスロバキア大使館在勤中に事件に遭遇し、ソ連軍侵攻の第一報を打電したという著者の経験をもとに書かれている「プラハの春」が圧倒的に面白い。
 ヨーロッパ近現代史に関心を持っていなかったつけだと思うが、私が「プラハの春」について知るところは余りにも少ない。知っていることと言えば、「プラハの春」とは東西冷戦の真っ最中である1968年に東側陣営に属する社会主義国家のチェコスロバキアで起こった変革運動のことであり、この運動は「チェコ事件」というワルシャワ条約機構軍による軍事介入によって、わずか8ヶ月で頓挫したという程度である。ただし、後の東ヨーロッパ諸国の民主化に与えた影響を考えると、これは歴史的意義のある事件だった。
 この春江一也著「プラハの春」は、史実を基に書かれているが、あくまでもフィクションである。フィクションとは言いながら巻末に付された参考文献も多く、その中に「そのほか現地で収集したチェコスロバキア国営通信社英文ニュース、各国各種新聞、雑誌、ビラなど多数を参照しかつ資料として用いた」とあることからその裏には数多くの事実が存在していることを示している。
 ノボトニー、ドゥプチェク、ブレジネフ、ウルブリフトなど近現代史で勉強した諸々や新聞紙上でお目にかかった人物やその行動が顔を出す。どこまでがフィクションでどこからがノンフィクションなのかは、はっきりと理解できたとは言い難いが、それでも当時の街や社会の雰囲気を感じたことである。
 チェコスロバキアの民主化運動については、何も知らなかった私だったが、この小説を読んで少しは勉強した気になった。さらに、この小説は共産主義社会の理知的な美人反体制活動家と西側外交官の愛も描かれておりラブ・ロマンスの一面もある。知的な会話もあり楽しく読み進めることができた。
 この小説が書かれた5年後にはチェコスロバキアは、チェコとスロバキアに分かれた。そして、私はその6年後に、ツアー旅行でプラハを訪れた。自由時間を使い、旧市街のそこかしこを訪れ、小説で親しんだ場所を懐かしく思ったことであった。