東山魁夷さんの「白夜の旅」
日本画家であり文化勲章受章の東山魁夷さんと言えばその代表作の一つ「道」を思い浮かべる人も多いだろうが、私は「年暮る」と「唐招提寺御影堂障壁画」である。
この東山魁夷さんに「白夜の旅」(新潮文庫)という、昭和37年春から夏の終わりにかけての夫婦の北欧旅行記がある。この中で東山さんは「私は、ずっと以前から北欧の森と湖が、私を呼んでいた気がする。その遠くからの声に誘われて、自然に私の足が、北へ向か って歩み寄って行ったのに違いない」と書いておられる。
そして「あの旅は、私の芸術の歩みの上に、かなり大きな意義を持つものとなった。…そこを起点として戦後の私の画家としての遍歴が始まった。…北欧の自然と人々の営みの姿に、静かで勁(つよ)い、生の感動を読み取ったのである」と書かれている。
その18年後に「唐招提寺御影堂の障壁画を完成したいま、…一筋の細い道が、幾山河を経て続いて来ているのを感じる」と締め括っておられる。なお、この障壁画の制作に関しては「唐招提寺全障壁画 東山魁夷小画集」(新潮文庫)5頁~19頁、177頁~203頁に詳しく書かれている。
「障壁画のための海と山のスケッチを画室の壁に貼り、私は目を閉じて御影堂の『宸殿の間』から『上段の間』へと、部屋の構成、床の間や襖の配列を思い浮かべた」で始まる「障壁画の制作」の項は、画家が心血を注いで日本の風土の象徴として山と海を群青、緑青で、鑑真和上の故郷中国の壮大な風景を墨一色で、描いたことを教えてくれる。
また、「森と湖と 東山魁夷小画集」(新潮文庫)には、数多くの森や湖の絵とそれぞれの絵についての数行の言葉が添えられている。例えば「雪原譜」と題された白と青で描かれた絵には「雪の上の針葉樹の列。白と青とのコントラスト。そこに自ずから明快なリズムが生まれる。春の訪れを讃える北国の自然の喜びが聴えてくる。ノルウェーのハルダンゲル高原」という風に。
的確な表現と無駄のない文章を見て、画家の目の確かさを改めて感じた。
以下は余談である。
東山さんが10年近くの年月をかけて描かれた唐招提寺御影堂の障壁画と坐像を収めた厨子の扉絵「瑞光(ずいこう)」は、鑑真和上座像とともに、鑑真の命日である開山忌に合わせた毎年6月5~7日の間だけ拝観できる(現在は平成大修理事業のため、2022年3月までは拝観できない)。
私と妻は二十数年前に唐招提寺を訪れ、鑑真座像に手を合わせ、その後ゆっくりと御影堂に描かれた東山さん渾身の壁画を間近に眺めたが、今ではいい思い出になっている。
この東山魁夷さんに「白夜の旅」(新潮文庫)という、昭和37年春から夏の終わりにかけての夫婦の北欧旅行記がある。この中で東山さんは「私は、ずっと以前から北欧の森と湖が、私を呼んでいた気がする。その遠くからの声に誘われて、自然に私の足が、北へ向か って歩み寄って行ったのに違いない」と書いておられる。
そして「あの旅は、私の芸術の歩みの上に、かなり大きな意義を持つものとなった。…そこを起点として戦後の私の画家としての遍歴が始まった。…北欧の自然と人々の営みの姿に、静かで勁(つよ)い、生の感動を読み取ったのである」と書かれている。
その18年後に「唐招提寺御影堂の障壁画を完成したいま、…一筋の細い道が、幾山河を経て続いて来ているのを感じる」と締め括っておられる。なお、この障壁画の制作に関しては「唐招提寺全障壁画 東山魁夷小画集」(新潮文庫)5頁~19頁、177頁~203頁に詳しく書かれている。
「障壁画のための海と山のスケッチを画室の壁に貼り、私は目を閉じて御影堂の『宸殿の間』から『上段の間』へと、部屋の構成、床の間や襖の配列を思い浮かべた」で始まる「障壁画の制作」の項は、画家が心血を注いで日本の風土の象徴として山と海を群青、緑青で、鑑真和上の故郷中国の壮大な風景を墨一色で、描いたことを教えてくれる。
また、「森と湖と 東山魁夷小画集」(新潮文庫)には、数多くの森や湖の絵とそれぞれの絵についての数行の言葉が添えられている。例えば「雪原譜」と題された白と青で描かれた絵には「雪の上の針葉樹の列。白と青とのコントラスト。そこに自ずから明快なリズムが生まれる。春の訪れを讃える北国の自然の喜びが聴えてくる。ノルウェーのハルダンゲル高原」という風に。
的確な表現と無駄のない文章を見て、画家の目の確かさを改めて感じた。
以下は余談である。
東山さんが10年近くの年月をかけて描かれた唐招提寺御影堂の障壁画と坐像を収めた厨子の扉絵「瑞光(ずいこう)」は、鑑真和上座像とともに、鑑真の命日である開山忌に合わせた毎年6月5~7日の間だけ拝観できる(現在は平成大修理事業のため、2022年3月までは拝観できない)。
私と妻は二十数年前に唐招提寺を訪れ、鑑真座像に手を合わせ、その後ゆっくりと御影堂に描かれた東山さん渾身の壁画を間近に眺めたが、今ではいい思い出になっている。