廃市と死都
明るくない単語を二つ並べたが他意はない。いずれも今よりずっと若い頃に知った作品に使われている言葉である。
北原白秋の「思ひ出 叙情小曲集」(日本の詩歌第9巻)の「わが生ひたち」の2は「私の郷里柳川は水郷である。さうして静かな廃市の一つである」で始まり「水郷柳川はさながら水に浮いた灰色の柩(ひつぎ)である」でその第1節を終える。
また、フランドル出身の作家ジョルジュ・ローテンバックには小品「死都ブルージュ」(岩波文庫)がある。この小説の翻訳者である窪田般彌は、「この作品の本当の主人公は、作中に現れる人物ではなく、現実のなかにほとんど人間そのものとして姿をみせるブルージュという灰色の都である」と解説に書いている。
若く元気だった私が何故(なにゆえ)に「廃市柳川」「死都ブルージュ」を心に留めたのか。その理由は全く思い出せない。どのように思い返しても鬱屈、屈託などと言った言葉で表現されるような心理状態とは無縁の生活だった。今現在楽しんでいる生活とは異なったいろんなものに関心を持った結果なのかも解らない。
これらを知った三十何年後あるいはもう少し後の耳順の頃にこの二つの町を訪れた。柳川は観光客で溢れ、明るい日差しの下での川下りのどんこ船は屈託のない笑い声で溢れていた。静かな廃市の面影は川に面した旧家の庭や家々の間の細い溝渠(ほりわり)にチラッと姿を現わしたが、それは一瞬のことだった。
ブルージュはどこを切り取っても絵になるような美しい町だった。そこでは世界各国から訪れた数多くの観光客が、歴史から取り残された町の景観を楽しんでいた。そこには「沈黙と憂愁に閉ざされ、教会の鐘の音が悲しみの霧となって降り注ぐ灰色の都」の面影はなかった。ただ、書籍「死都ブルージュ」に収められた三十数葉のモノクロームの写真と同じ風景が町のそこかしこに残されていた。
久し振りにこの2冊を再読したが、若かりし頃はどのような感想を抱いたのだろう。今となっては思い起こす術もない。
北原白秋の「思ひ出 叙情小曲集」(日本の詩歌第9巻)の「わが生ひたち」の2は「私の郷里柳川は水郷である。さうして静かな廃市の一つである」で始まり「水郷柳川はさながら水に浮いた灰色の柩(ひつぎ)である」でその第1節を終える。
また、フランドル出身の作家ジョルジュ・ローテンバックには小品「死都ブルージュ」(岩波文庫)がある。この小説の翻訳者である窪田般彌は、「この作品の本当の主人公は、作中に現れる人物ではなく、現実のなかにほとんど人間そのものとして姿をみせるブルージュという灰色の都である」と解説に書いている。
若く元気だった私が何故(なにゆえ)に「廃市柳川」「死都ブルージュ」を心に留めたのか。その理由は全く思い出せない。どのように思い返しても鬱屈、屈託などと言った言葉で表現されるような心理状態とは無縁の生活だった。今現在楽しんでいる生活とは異なったいろんなものに関心を持った結果なのかも解らない。
これらを知った三十何年後あるいはもう少し後の耳順の頃にこの二つの町を訪れた。柳川は観光客で溢れ、明るい日差しの下での川下りのどんこ船は屈託のない笑い声で溢れていた。静かな廃市の面影は川に面した旧家の庭や家々の間の細い溝渠(ほりわり)にチラッと姿を現わしたが、それは一瞬のことだった。
ブルージュはどこを切り取っても絵になるような美しい町だった。そこでは世界各国から訪れた数多くの観光客が、歴史から取り残された町の景観を楽しんでいた。そこには「沈黙と憂愁に閉ざされ、教会の鐘の音が悲しみの霧となって降り注ぐ灰色の都」の面影はなかった。ただ、書籍「死都ブルージュ」に収められた三十数葉のモノクロームの写真と同じ風景が町のそこかしこに残されていた。
久し振りにこの2冊を再読したが、若かりし頃はどのような感想を抱いたのだろう。今となっては思い起こす術もない。