二人のエリザベート
世界史、特にヨーロッパ史の基礎的な知識の欠如を示すことになった私の恥ずかしい話を一つ。
私はシシィの愛称で知られた皇妃エリザベートとハプスブルグ家最後の皇女となったエリザベートは別人であるとはっきりと意識したことはなかった。長い間漠然と同じ人物だと思っていたようだ。
孫が来阪を機に宝塚歌劇を観に行くという。その時に上演されていたのは「エリザベート」だった。「それならば、書庫から関係する本を持ってこよう、彼女が読んでくれたら嬉しいな」、こう思って塚本哲也著の「エリザベート ハプスブルグ家最後の皇女」(文藝春秋)を取り出した。この本は立派な装丁の2段組414頁の堂々たる書物である。
最初の数頁を読んだ孫は「この本のエリザベートは宝塚歌劇のエリザベートとは違う、別人だよ」という。
このことがきっかけで「ハプスブルグ家最後の皇女であるエリザベートは、宝塚の皇妃エリザベート(シシィ)の孫である。後者は前者のおばあちゃんである」ことが私の頭の中ではっきりとした。
ちょっと考えれば、「私の思い込み」は間違いであることはすぐに分かるはずであった。皇妃エリザベートはバイエルン公の公女であり、「ハプスブルグ家最後の皇女」であるはずがない。
皇妃エリザベートと夫フランツ・ヨーゼフ1世との間には皇太子ルドルフが生まれており、ルドルフがベルギー王レオポルド2世の次女ステファニーと結婚し、娘エリザベートが誕生していた。このエリザベートが「ハプスブルグ家最後の皇女」だったのだ。
孫に指摘されて改めてこの本を眺めてみると、その帯に「世紀末ウィーンで男爵令嬢と心中した皇太子ルドルフを父に、ハプスブルグ帝国の黄昏を予感する老皇帝を祖父に、運命の子として生まれたエリザベート…」と書いてあり、装丁を眺めただけでも、誤解を生ずるおそれは全くなかったはずである。きっちりと理解せず、字面だけで分かったような気持になっていたのだろう。
エリザベートに関するどうでもいい話を一つ。バイエルン公公女エリザベートがフランツ・ヨーゼフ1世に嫁ぐために出発した地はパッサウであるが、ドナウの川辺にある市庁舎の壁には彼女の右横顔のレリーフが飾られている。このパッサウはドナウ川、イン川、イルツ川の3つの河川が合流する地としても知られており、この地の大聖堂のパイプオルガンは17,974本のパイプを持つ世界最大のものだという。
今回の事件(?)を奇貨として塚本氏の名著を丁寧に、きっちりと読んでみようと思った。幸いなことに時間は充分にある。小さな文字が問題だが、ハズキルーペのお世話になるか。
私はシシィの愛称で知られた皇妃エリザベートとハプスブルグ家最後の皇女となったエリザベートは別人であるとはっきりと意識したことはなかった。長い間漠然と同じ人物だと思っていたようだ。
孫が来阪を機に宝塚歌劇を観に行くという。その時に上演されていたのは「エリザベート」だった。「それならば、書庫から関係する本を持ってこよう、彼女が読んでくれたら嬉しいな」、こう思って塚本哲也著の「エリザベート ハプスブルグ家最後の皇女」(文藝春秋)を取り出した。この本は立派な装丁の2段組414頁の堂々たる書物である。
最初の数頁を読んだ孫は「この本のエリザベートは宝塚歌劇のエリザベートとは違う、別人だよ」という。
このことがきっかけで「ハプスブルグ家最後の皇女であるエリザベートは、宝塚の皇妃エリザベート(シシィ)の孫である。後者は前者のおばあちゃんである」ことが私の頭の中ではっきりとした。
ちょっと考えれば、「私の思い込み」は間違いであることはすぐに分かるはずであった。皇妃エリザベートはバイエルン公の公女であり、「ハプスブルグ家最後の皇女」であるはずがない。
皇妃エリザベートと夫フランツ・ヨーゼフ1世との間には皇太子ルドルフが生まれており、ルドルフがベルギー王レオポルド2世の次女ステファニーと結婚し、娘エリザベートが誕生していた。このエリザベートが「ハプスブルグ家最後の皇女」だったのだ。
孫に指摘されて改めてこの本を眺めてみると、その帯に「世紀末ウィーンで男爵令嬢と心中した皇太子ルドルフを父に、ハプスブルグ帝国の黄昏を予感する老皇帝を祖父に、運命の子として生まれたエリザベート…」と書いてあり、装丁を眺めただけでも、誤解を生ずるおそれは全くなかったはずである。きっちりと理解せず、字面だけで分かったような気持になっていたのだろう。
エリザベートに関するどうでもいい話を一つ。バイエルン公公女エリザベートがフランツ・ヨーゼフ1世に嫁ぐために出発した地はパッサウであるが、ドナウの川辺にある市庁舎の壁には彼女の右横顔のレリーフが飾られている。このパッサウはドナウ川、イン川、イルツ川の3つの河川が合流する地としても知られており、この地の大聖堂のパイプオルガンは17,974本のパイプを持つ世界最大のものだという。
今回の事件(?)を奇貨として塚本氏の名著を丁寧に、きっちりと読んでみようと思った。幸いなことに時間は充分にある。小さな文字が問題だが、ハズキルーペのお世話になるか。