秋津温泉

秋津温泉

KEI(2019年10月30日)

 秋津温泉とはいい名前だ。しかし架空の温泉である。この名の藤原審爾の小説の存在を知ったのは、遥か昔、60年近く前の高校生の頃だった。当時、岡田喜秋が編集長をしていた雑誌「旅」で編集長の岡田自らが筆を執った旅行エッセイで知ったと記憶している。彼は「秋津温泉のモデルは岡山県の奥津温泉である」と書き、鄙びた温泉だと説明していた。
 会社に入ってから何年か経った頃に買った「文学の旅」全17巻の「14山陽・瀬戸内海」の巻の22頁と23頁には奥津温泉の写真、数行の説明と藤原審爾の小説「秋津温泉」から抜粋した10数行が掲載されている。
 写真は紅梅と田舎道、白梅と奥津峡が写されていて叙情を感じさせる。そして「美作三湯の一つ奥津温泉は、静かな山峡の湯である。奥津川の水は清冽に走り、風はさわやかだ」云々との説明文がある。ただ、ここで奥津川と書かれている川は正しくは吉井川である。
 つい最近のこと、妻との旅行の行き先として奥津温泉はどうだろうと思った。インターネットで検索してみると、いい意味で時代の流れに取り残されているような温泉地だと想像でき、ここへの一泊旅行を強く意識した。そこで昔を思い出して、藤原審爾の秋津温泉を読んだ、という訳である。
 井伏鱒二は、この小説は「戦争中、二十一歳の年に稿を起こし、岡山市の旭川畔の別荘で書き続けていた…」「初々しくて澄明なところ、戦後の混乱した世相と対蹠的で特に引立った」と書いている。解説の小松伸六は「この小説は藤原審爾の文学的出発点を示す秀作であり、同時に錯雑陋醜をきわめた戦後文学のなかで、例外的な清冽な叙情作品として高い位置をあたえられているものだ」としている。
 私は話の筋よりも、その文章に心が惹かれた。読み進めつつ「なんという綺麗な文章なのだろう」と思った。そして、内容は全く覚えていないが、かつて堀辰雄の「風立ちぬ」の書き出しの何頁かを読んだときの感覚を思い出した。
 秋津温泉を読み終えた何日か後の早春の一日、日陰に雪が残っている奥津温泉に遊んだ。「一切の加水・加温や循環もなく、足元湧出が故に全く酸化(劣化)いていないピュアな温泉」との説明どおり、風呂の底の自然岩の間から湧き出る適温の温泉は至福の時を与えてくれた。
 旅館にあった棟方志功の版画や小さな歴史資料館の説明書から、棟方志功や与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻もこの温泉を楽しんだことを知った。