読書鼎談

読書鼎談

KEI(2019年10月16日)

 本について語るのは楽しい。ましてその相手が読書家であればなおさらである。そして2人で語るよりも3人でそれぞれの思いや考えを述べ合うのは、もっと楽しい。フランスの古諺には「一人の会はゼロの会、二人の会は神の会、三人の会は王の会、四人の会は悪魔の会」というのがあるそうだ。鼎談は王の会なのだ。
 今は全て鬼籍に入った開高健、谷沢永一、向井敏という名だたる読書家3人がその思いの丈(たけ)を述べた「書斎のポ・ト・フ」(潮出版社、1981年)は、開高の「われわれ三人が一堂に会して、いや、堂といえるほどのものじゃないな、ひとつところに集まって、ゆっくり本の話をするのは何年ぶりだろう」で始まり「読んだ、しゃべった、くたばった。この鼎談の墓碑銘をつくるとすると、こういうことになるのではあるまいか」で終わる。
 編集部の注に「5日間25時間にわたっておこなわれた」とあるこの鼎談は、向井の「開高は火付け専門、谷沢は居合抜きの一刀両断、それでは話はあっというまに終わってしまう。止むを得んから、仲を取り持って話をふくらまそうと…」がこの鼎談の性格をよく示している。
 もっともこの向井の発言に対して谷沢は「うそつけ。きみこそさかんに挑発して斬りまくってたやないの。ぼくはきみら二人にふりまわされて精魂尽き果てた」と反論している。(いずれも244頁)
 このような経緯が述べられているこの本は、書物についてそれぞれ一家言のある3人の話だから面白くない訳はない。そして取り上げられている古今東西の名著・傑作についてのそれぞれの意見は常識に曇った目を開かせるに十分である。
「なるほど」と思ったのは児童文学についての幾つかの意見であった。その中の一つ、我が身に照らして同感したのは次のようなものだった。
 子供向きの名作全集でリライトされた名作を読んだ子供は、大人になっても「ずっと小さい頃に読んでしまっているから、もういいやってことになり」読み返さない。「あれは弊害と効果とどちらが大きいのかね」。
 確かに、モンテ・クリスト伯やダルタニャン物語(三銃士を含む)は成人してからちゃんと読んだが、ガリバー旅行記やロビンソン・クルーソーなどは読んだつもりになっている。
 30数年昔の鼎談であるが、久し振りに読み返し、彼らの慧眼に驚くとともに、その「考え方」「ものの見方」を基礎に置いて近年の諸々を考えたことである。